『牡丹〜二輪の美しき花の宿命〜』EP.3
ルシウスが消えた。
炎が去っていった後からはルシウスの白い髪の毛一本も
見つからなかった。
僕は皇太子、ファラメ。
13歳でこの城に連れてこられ、
14歳で皇太子になり、
16歳で王に即位する。
まだここに来て3年だというのに。
僕には生まれた時からここにいらっしゃる
ルシウスという名前の兄がいる。
お兄様はいつも気高く立派で
僕なんかよりよっぽど王に向いていた。
なぜ僕が皇太子に指名されたのか今でもわからない。
でも、母さんと僕の祖父は飛び上がって喜んでいた。
一方でお兄様とその母君の立場が日に日に悪くなっていって
僕のせいだと胸が締め付けられた。
それでも笑って舞踏会やら何やらに出たのは
お兄様も頑張って笑っていたから。
きっと強い親子だから消化し切っているのかもしれない。
それに僕らが負けることもまだ十分にあり得る。
いや、できればそうして欲しい。
でも僕が思っていたよりずっと
お兄様の心のうちは深刻だった。
お兄様が大好きだった庭園…
まだ薔薇は見頃を迎えていない。
そこは母さんが友人や貴婦人を招いて茶会をしている。
(母さんがこのまま権力にのまれないでいてほしい。)
ここに来た時に抱いていた願望は打ち砕かれそうだ。
今や国王の母という肩書きがすっかり気に入って
僕の祖父同様、陽気に過ごしてる。
結局僕はお兄様のものを奪ってばっかりだったんだ。
お兄様と話したのは一度きり。
初対面で王妃様が気を利かせて僕たちを2人きりにした日。
お兄様は僕に庭園を案内してくれながらある事を教えてくれた。
「僕たちは王の傍にいて支えながら、民の世界を
美しくしていく役目を背負っている。
それを決して辛いとは言ってはいけないし、逃げてもいけないよ。
”生きることに遅すぎるなどということはない。“
もし重圧感に耐えきれず絶望を感じたら、この言葉を思い出して
みてください。」
そう言って笑いかけてくれる人。
それが僕のお兄様だ。
僕が殺してしまったお兄様だ。
「皇太子、戴冠式の招待状のご確認を。」
メイドがそう言ってリストを渡してきた。
でも、それに反応して母さんが飛んできた。
「うん、これでいいわ。ありがとう。
でもファラメは忙しいから戴冠式関連のことは重大なこと以外
私に伝えてね。」
そういって母さんは微笑むとメイドに薔薇の花を送った。
まだ咲き誇っていない不完全な花。
だが、メイドは歓喜した様子で受け取るとるんるんで去って行った。
「母さん、そこはお兄様の庭だしあの花はお兄様が手塩に掛けて育てたものだから勝手にあげるのは良くないよ。」
「あら、ファラメ。ルシウス様はもういないのよ。かわいそうに。
まだ整理がついてなかったのね。少し休むといいわ。
それに私のことはお母様と呼ぶのよ。」
「違っ。」
反論しようとすると母さんは僕の言葉に重ねて
「何?」
と聞いて来た。
「そういうことじゃない。」
僕はそう小さく呟くと足早にその場から去った。
誰もいない。
誰もわかっていない。
母さんと祖父はお兄様がいなくなった途端、
王妃様を療養の為として生前王が残した屋敷に追いやってしまった。
お兄様と王妃様の味方をしていた大臣や召使も全員。
お兄様に会いたい。
戴冠式まであと4日。
どうにかして僕が王にならないようにしたい。
そのためには王妃様を訪ねないと。
ー王妃の屋敷
「奥様、ファラメ様が外にお一人でいらっしゃいます。」
「……ここへ通して。」
今更あの王子は何をしに来たというの。
あの子の母親と祖父が城で好き勝手してるじゃない。
私たちをこんなところに閉じ込めて。
あの王子のせいでルシウスが辛い目に遭ったというのに…
「王妃様。」
エリザベートが顔を上げると、前には捉えたものを虜にするという
目を持つ王子、ファラメがいた。
「こんなところに何のようですか?」
確かに、彼の目に吸い込まれてしまいそうだ。
「王妃様に知恵をお借りしたく。僕にお力をお貸しくださいませんか。」
「何の知恵ですか。」
「母と祖父を止める知恵です。」
ファラメはまっすぐ王妃を見つめた。
エリザベートは不思議でたまらなかった。
「あなたは王になれるのですよ。」
「王などなりたくありません。第一、私には無理です。」
(無理?この王子は何を言ってるの。)
エリザベートは今、頭をフル回転させて考える。
狙いがあるはずだ、と。
「何が望みなのですか?」
「お兄様は本当は生きているのではありませんか?」
「何を…」
「ご存じなのですよね、王妃様。」
全てを見抜かれている。
彼女はそう確信して、静かに話を始めました。
「あの子はきっと死のうと思っていました。
でも、運命では違った。
”自らの手で自らの首を絞めるものに働く魔法”
それをご存じ?」
「いえ。」
「大好きだった家庭教師に教えてもらったんですって。
一度だけチャンスを与えてくれるそうです。
あの子が、ルシウスがそう言っていました。」
「その魔法をお兄様が使ったと?」
「いえ、先ほど申し上げた通りあの子は死のうとしいました。
運命があの子にかけたのです。きっと。
その証拠に、あの子の心臓から光が迸り炎となって
あの子を連れ去ってしまいましたから。」
エリザベートはそう言いながらルシウスのしてくれた魔法の話を
正確に思い出そうとしていた。
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「お母様!新しい魔法を教わりました!」
「あら、どんな魔法?」
「”自らの手で自らの首を絞めるものに働く魔法”です!」
「何、それは。」
「自分で死んでしまおうとする人に働くそうです。
踏みとどまれるチャンスをくれてまた生きれるようにしてくれるって。
光が放たれて花火してバーン!ってなるそうです。
そしてどこかに行って戻ってくるって!」
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「幼いルシウスはそう教えてくれました。
まさかあの子がそれを体験するなんて。」
「そうですか。じゃあ戻ってくるんですね。」
「はい、でもそれがいつになるか。」
エリザベートは息子の写真がおさめられた写真たてを握りしめながら
話を続けた。
「あなたは、何をしたいのですか?」
「私はお兄様の家を残していたいのです。帰る場所を。」
「…わかりました。お力になりましょう。」
エリザベートはファラメを信用することにしたのだった。
ーとある池
ルシウスはずっと彷徨っていた。
「はあ、疲れた。」
極寒の環境の中、髪の毛と同じくらい白い息が震えて、
歯がガチガチ鳴っている。
「もう、寝たい。永遠に。」
ルシウスは幼い頃の記憶はどこへやら、まだ死にたがっていた。