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就活滞り~姉妹仕舞い

「いいなぁ~雪ちゃんは。再就職活動が出来て。」
 姉の”いいなぁ~病”がまたはじまった。この人は小さいときからそうだった。高校も大学も、塾に通っては辞めるの繰り返しなのだから、志望した学校には当然受からない。
 習い事にしてもそう。姉、葉那が小学2年生の時、友達の家にあったという理由でピアノを始めたいと言い出した。両親がやっとの思いで購入してから3ヶ月後、彼女がレッスンを休みがちになったとピアノの先生から連絡が来た。「だってちっともうまくならないし~。」「先生が厳しい~。」
 折角買ったのにとこぼす両親を見るに見かねて私はピアノを習い始めた。私は小学校の間雨の日も風の日も欠かさずレッスンに通い、「エリーゼの為に」を弾けるようになったところで中学生になり、勉強に専念したいと両親に申し出、納得して親戚の家に引き取られていった。
 そんな状況でも彼女は決して自分を責めない。それどころかいつも私が悪いことになる。「雪が勉強ができるから、ピアノを続けるから私は比べられるのよ!」私がいようがいまいが、葉那が勉強ができたとは思えない。それに私がピアノを習わなかったら、貴方は強制的に続けさせられたよ、という私の声は全く届かず、自分の作り上げた不幸の国の王女様の世界に入り込む。

 自立できるようにお姉ちゃんも再就職先を探せば?と言い始めると言葉を遮るように再びヒステリーを起こし泣き崩れる。溜息をつきつつ姉の背中を摩っているうちに力尽きた。

 いつの間にか眠ってしまったらしい。とある日はデートの約束の時間から3時間経っていた。待たせたこと自体論外だが、理由が言えなかった。実の姉が自殺未遂を起こして甥は発達障害をなどとは、親しくなってからないと告白出来ない。そこまでの関係ではなかった。当然、振られた。
別な日は友人との約束をすっぽかした。そうこうしているうちに友人とも連絡が途絶えて行った。

 半年か1年か過ぎ、相も変わらない姉の愚痴に疲れ、
「そんなに言うならお姉ちゃんも再就職活動したら!」
と突き放すと
「私学歴ないの!貴方が就職決まらないのは高望みしすぎなの!」
と憤然と言い返す。私はおもむろに不採用通知の山を見せる。姉は沈黙し、
「あ、貴方ほどの人がこんなにぃ、、、。リ、リーマンショックって大変なのねぇ。」
 いまさらすり寄ってきてもも遅い。それにこのご時世を知らずに家庭の中、いや自分の偏狭な世界に留まっていられたということは呆れてくる。

私は畳みかけるように
「お姉ちゃん言っていたよね。離婚してシングルマザーになって頑張っている人もいるって。その人と連絡とったら?いい仕事紹介してくれるかもよ。」
と問うと姉はたじろき、体を丸くして布団の中へ入っていった。

 ようやく静かになったので、マイナビを機械的にスクロールする。目の端にMITの経済学の教科書が入る。本当はまだ未練があるのだ。姉が戻るまでは、私は社会人大学院を目指していた。学問の世界ならば、仕事量の調整も可能だ、と恩師も協力してくれた。なにより学問の世界は別の世界に連れて行ってくれるよと。だが、読み進めているうちに、以前の1/4倍速で読んでいる事に気が付く。英語が読めない。頭に入らないのだ。私は教科書を閉じてマイナビに戻る。階下から母が晩御飯の支度ができた旨の声がする。母も気が気でないであろう。

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