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ここから⇒人生の広場 "リップクリーム"

さて、ここから下のエッセイはリップクリームについて、である。
おいおい、前回出だしで人生の広場だとか何やら大仰なことを言っていた割には随分こじんまりとした題材じゃないか、と思われるかもしれない。実際その通りだと思う。
でも、僕はこのリップクリームという奴にはそこそこ言いたいことが溜まっているのだ。

メンソールから無香料へ

僕は唇が乾きやすい体質なので、季節を問わず通年でリップクリームを使用している。以前はどこでも手に入るメンソールタイプのリップを使っていたのだけれど、ある時気まぐれで無香料のものを買ってみたところ余りの違和感のなさに愕然として、それ以降メンソールのリップ(いわゆるメンソレータム)は使っていない。
僕はあのメンソールのスゥスゥする感覚が苦手で、特に冬場はただでさえ寒いのにどうしてさらなる冷感を求めなければならないのだ、と憤慨していた。
それが無香料リップなら感覚としては付けていない時とほとんど変わらないのだから驚きだ。もし無香料リップの存在を知らなかったら今でもあのスゥスゥする感覚と戦っていたのか、と思うとそら恐ろしいものがある。

しかし無香料リップは未だメンソールより価格は高めで、女性向けの商品が多いのが現状だ。ドラッグストアに行ってもあまり選択肢がない。
それで最初の頃は、僕も仕方なく「唇ぷるぷる!」といったキャッチコピーがついたものを購入していた。中には口紅のように先端が尖った状態で出てくるタイプのものもあった。
そもそもリップクリーム自体、口紅を塗るようで恥ずかしいという感覚があるのか人前で塗る人はあまり見かけない。僕は割と気にしない方なので人前でもさっと塗ってしまうこともあったが、さすがに口紅タイプのものは何か気恥ずかしくて人前では使えなかった。トイレの鏡の前でそっと唇に当てると秘密めいていてもうドキドキだ。それに加えて女性向けのリップは保湿感抜群で、本当に唇ぷるぷるテカテカということになってしまうからそれはそれで決まりが悪い。

ドラッグストアではもっと積極的に男性向け、あるいはユニセックスの無香料リップを安定供給していただきたいものである。ちなみに今はマツモトキヨシのプライベートブランドで出ている無香料リップを買い込んでそれを使っている。男が求めるのはそこそこの値段で変にぷるぷるし過ぎないリップクリームなのだ。

最後まで使えない問題

小中学校時代には、消しゴムってなかなか最後まで使えないよね、という話のネタがあった。だけどある程度の大人になっても最後まで使うことが困難なアイテムは存在する。そう、それがリップクリームだ。

ここで正直に告白させてもらうと、僕は自分が二十代のときにリップクリームを最後まで使い切ったという記憶がまったくない。大抵最後まで使う前にどこかへ消えてしまう。それで新しいリップを買って、しばらく経ってひょんなところから使用途中だったリップクリームを発見するのである。
そういう訳なので、僕がリップクリームの最深部には短い芯のようなものがあるのだな、ということを知ったのはもう三十代になってからだった。その芯で塗りにくくなったときがリップクリームの寿命であり、買い替え時なのだ。

リップクリームを最後まで使い切ることが当たり前になったとき、僕は大げさではなく自分もやっと大人になったんだな、としみじみ思った。それは現代における一種の通過儀礼のようなものかもしれない。

ポケットの中で出ちゃう問題

これは僕が今だに頭を悩ませている問題だ。男性は多くの場合、ハンカチなどと一緒にリップクリームをスボンのポケットに収めていることと思う。少なくとも僕はそうだ。唇が乾いて来たな、と思った時にさっと取り出して塗れるという安心感は何者にも代えがたいものがある。女性ならハンドバッグに入れたりするのだろうけれど、男の場合はポケットなのだ。

しかしここで問題が発生する。ポケットに入れておいたリップを取り出していざ使おうとすると、既にクリーム部分が出ちゃっているのである。酷いときはフタにまで届いて先端が潰れてしまっていることもある。ポケットに入れることで生暖かくなるのは仕方ないとしても、勝手に中身が突進してくるというのは困りものだ。

ケーブルやコードは自然と絡まる、という話はよく聞く。実際コード絡まり問題は専門として研究している方もいらっしゃるようだ。このリップクリームポケットで無許可突進問題を研究している方がいるのかどうかはわからないが、ネットで調べたところ同じような悩みを抱える方を多数発見することができた。
それによるとその原因はポケットの中で摩擦によって自然と飛び出てくることにあるので、対策はリップの回す部分をマスキングテープなどで留めることだ、とある。

しかし僕がこの件で最も謎に思うのは、リップクリームは常にプラス方向に、つまり出る方向にしか進んでこない、ということだ。ポケットの中で摩擦によって自然と回っているのであれば、出るときもあれば引っ込むときもなければおかしいのではないか? 僕が見てきた限りリップクリームは出ることはあっても、勝手に引っ込んでいるなんていうことは一度もない。

僕はこれまでリップクリームにまつわる問題を少しずつ解決してきたつもりだ。
しかしそれでもまだまだ改善の余地がある存在。
それが僕にとってのリップクリームなのだ。

マキタ・ユウスケ
『ここから⇒人生の広場』は毎週月曜と木曜に更新予定です。

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