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「かっこよくします」— 美容師Maru ①

宣言。

そういう類のものは、最終的にはほとんどが達成されなかったり、守られなかったりする。

守る気があっても無くても口から出てくるような、小さな約束。あるいは結婚式での誓約や、政治家の公約などの大きなもの。

いろんな事情で貫き通せなくなる。子供でも大人でも、そういうことはままある。

問題なのは、宣言した時点で、相手に期待が生まれてしまうことだ。

相手の期待を裏切るリスクが生まれる。

だから、宣言には勇気が要る。



始めに少しだけ、Maruとマネージャー(私)の出会いについて書かせてください。


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2015年10月。暑くも寒くもない、晴れた日。

付き合いの長い友人から紹介してもらい、私は表参道にある気鋭の大手ヘアサロンへ向かった。

それまでずっとヘアカットをお願いしていた美容師さんが遠くへ引っ越してしまい困っていたら、「カットの上手な美容師さんがいる」と言って教えてくれたのだった。

ヘアスタイルや容姿には、時間もお金も掛けてこなかった。表参道という土地とも、ほとんど関わりのない人生。片手で数えられる程度の回数しか、行ったこともない。紹介が無ければ歩くことすら無かった、表参道の裏路地エリアのど真ん中に、そのサロンはあるとのこと。

ふーん。

せっかくだしお願いしてみるか。

あまりにも軽い気持ちでお願いすることに決めたのだが、まさかこの一歩が人生を大きく変えるとは、そのときは思ってもいなかった。



「芸能人も通ってる美容師さんでね...」「で、長いこと通ってて信頼できる人で...」「カットが長持ちするから、結果的に安く上がるわけよ」

そう言って熱を込めて話す友達の表情やら、少し高いなと感じたヘアカットの料金やらを思い出しながら、美しく整ったおしゃれなショップやカフェの立ち並ぶ、歩き慣れない表参道の裏路地を歩いていくと、そのサロンにたどり着いた。

暑くはない。なのに少し脇汗がジャバジャバ出てくる。緊張する。氷結ストロング缶の表面みたいな光輝くエントランスの外壁。ちょいとイケイケ過ぎやしませんか。

壁の無数の三角形で、一歩進むごとに太陽光が乱反射してくる。まぶしい。弱気になっているせいか、その三角形がやけに鋭く見える。心にブスブス突き刺さってくる。入店すらしてないのにここまで精神を試されるなんて。帰りたい。



あまり入口でキョドってるのもマズいので、意を決して足を踏み入れる。

「ご予約の方ですね、当店は初めてですか。お荷物はロッカーに入れてください。カギは保管しておいてください。」

情報量が多くない?前まで通ってた地元の小さい美容室では、お預かりしますって優しく言ってくれたよ。

ファッションにゆかりのない男子がイケサロンに行くというのは、これほどに腰が引けるのである。



やっと待合席にたどり着いた。長い道のりだった。ふぅ。ひと息ついて携帯電話を眺める。ソワソワし過ぎて何も頭に入ってこないので、とりあえずスクロールしてるふりだけしておく。

しばらく待っていると、お店の美容師さんのなかでもダントツで「美容師さん」らしい?出で立ちの御方が奥から出てくる。

背格好は自分とそれほど変わらないのに、なるほど、存在感が普通じゃない。

この人がMaruか。

うん、まず見た目がカタギじゃない。(注※ちゃんとカタギです)

必死に虚勢を張る。ビビッてませんよ。カウンセリング席に着いて、ひと通りの話を終えた。ではセット面へご移動を、というタイミングだった。

同フロアにいる人たち全員に聞こえたんじゃないかという、必要以上にハッキリとした通る声で、鏡越しに私の目をまっすぐ見ながら、Maruがにっこり言い放った。

「かっこよくします」

えっ...え今なんて(心の声)?

びっくりし過ぎて聞き取れなかったけど確かにそう言ったよね。キャッチャーミットを前に構えているのに、真横からボールが飛んできて頭に直撃したようなショックだった。



美容師さんがお客さんに放つ言葉としては至って普通な、この1フレーズとその一瞬の風景が、なぜか今もずっと頭に残っている。

そこそこの大学を出た。何度か転職もして、多少のキャリアアップもしてきた。社会人として、経験と呼べるものが少しは積みあがった。ある程度は、自分の仕事や生き方に自信や誇りも持ち始めていた。

「こんな人、出会ったことないな(良くも悪くも)」

これまで培ってきた「当たり前」や「常識」を根底から吹っ飛ばしてくれる。それが、当時の私にとってのMaruだった。

この目の前の人は、自分の知らない世界を知っていて、自分が得てこなかったものを得てきた人間なのではないか?

どんな人生を歩んできたら、こういう1000%の確信をもって宣言ができるんだろう。

この人から学び取るべきことが、自分には多くあるのではないか?

自分とのギャップがあまりに大きすぎて、「?」がいっぺんに湧いて出てきた。しかし、それらをひとつひとつ解明していったら、なぜか自分の地平線が広がっていく予感がして、ワクワクした。



そして、ハッと我に返り思い出した。

「そうか。自分はかっこよくなりに来たんだった」

シンプルに、有無を言わさずそう期待させるパンチ力が、Maruの宣言に込められていた。仕事に対しての誇りや気概すら、一発で伝わってきた。

この宣言は、実現するのだな、という安心感。

表参道駅からずっと感じていた怯えは、気付かないうちに高揚感に変わっていた。


+++


その後、偶然に偶然が重なる形で、私はMaruの進む道を共にしていくことになる。

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