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田園調布 出店 — 美容師 KiRiKo ⑤

「ボリュームアップエクステというモノの存在は知ってました」

年代を問わず、髪のボリュームをふんわりさせたいというニーズは大きい。その改善手段のひとつに、パチッとヘアピンで地毛に留めて着用する「ウィッグ」がある。

それとは別の手段として、長いあいだ増毛サロン各社が打ち出してきた技術が「ボリュームアップエクステ」。

ウィッグとは違い、地毛1本1本に対して、エクステ毛を数本編み込むことで、ボリューム感を増すことができる技術だ。

KiRiKoが見たビラは、そのボリュームアップエクステを、美容師なら誰でも、自分のヘアサロンで、自分のお客様へ施術することができます、その技術を提供します、という主旨だった。

「そのビラを見たとき、母のことをふと思い出したんです」


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KiRiKoが福岡で暮らしていた、専門学校時代。福岡から地元・鹿児島に帰るのは距離的にも苦ではなかったし、ちょくちょく実家へは帰るようにしていた。そもそも帰りやすいように、上京をやめて福岡に決めたわけだが。

美容業について学び始めたばかりの練習生だったけど、授業で学んだことの実践も兼ねて、帰るたびに母親のヘアカットをしてあげるようになった。

その頃から、母親が「年取ってきて、どうも髪の毛がぺちゃんこになってきちゃってねぇ」とボヤくのを聞くようになった。

当初はそれほど深刻なトーンでもなかったし、「ふーん、まぁしょうがないよね」くらいに軽く流していた。

やがて専門学校を卒業し上京して、大手ヘアサロン勤務を始める。
前述のように、夜中までの仕事が毎晩続き、この期間は実家にはまったく帰らなかったのだが、退社以後はようやく時間も作れるようになって、毎年実家に戻るようになっていた。それと合わせて、母親へのヘアカットを再開した。

大手サロンで8年勤めてから、久々に母親の髪を触ったときに、がくぜんとした。髪質はさらに変化し、ヘアスタイル全体の雰囲気が大きく変わっていた。

「これが加齢か…」


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ボリュームアップエクステのビラを目にしたときに、その衝撃が脳裏によみがえった。

「このエクステが扱えたら、母の悩みを解決できるのかもしれない」

母が悩んでいるのであれば、母と同世代の女性に同じ悩みを持つ人は多いはず。

ヘア+まつエクの2本柱を自分の武器に、ここまでママ美容師として突き進んできた。このタイミングで、ヘア+まつエク+ボリュームアップエクステの3本立てに増やすのも悪くない。

そこまで考えたところで、ウゲッと思いとどまる。ビラに載っていたボリュームアップエクステ技術についてネットで調べると、この技術、導入にやたら大きなお金が掛かる。そんなお金は無い。

うーん、あきらめるか?

悩んだKiRiKoは、自分自身のヘアカットを長くお願いしていた、大手サロン時代の先輩美容師・Gさんに相談してみることにした。

「ボリュームアップエクステっていうのに興味があるんですけど、Gさんどう思います?」

Gさんは、当時たまたまMaruとも連絡を取り合っていて、Maruがボリュームアップエクステを開発し始めたことを知っていた。

「Maruさんがエクステやってるみたいだから、話聞いてみたら」

この一言がきっかけとなり、大手ヘアサロン勤務の時代から約10年の歳月を経て、KiRiKoとMaruは再会を果たす。



Maruの進めていたTUMUGUのエクステ事業は、まさにそのとき
迷走の一途をたどっていた。

しかし同時に、さまざまに紆余曲折を経てきたことで、少しずつ・着実に「TUMUGUとは何なのか?」コンセプトが固まってきていたのも確かだった。

当時、MaruはTUMUGUについてこう語っていた。

一般的には、どこかまだネガティブな印象の残る「増毛」に対して、ボリュームアップエクステという手法から、そのイメージを変えたいんです。

カットやカラー、パーマをかけたり、それこそまつエクを着けるのと同じくらいの感覚で、もっとポジティブでカジュアルで、ファッショナブルなものにしたい。

個人差はあるが、20代の髪の悩みに「量が多い」「クセがあってまとまらない」「髪質が硬い」などが多いのに対し、40代以降の髪の悩みは「薄くなってきた」「白髪が増えた」「ボリュームが出せない」などに変化していく。

こうした悩みを抱える多くの方々が、より豊かな人生を送るための力になる。美容師目線で、より美しいスタイルをトータルに提供する場所。それがTUMUGUです。

ボリュームアップエクステ=増毛は、自分とは「ジャンルの違う」商材だとずっと思っていたKiRiKo。

でもTUMUGUのこうしたコンセプトや、何より、多くのお客様の悩みを解消しようとする純粋な姿勢に、強く共感を覚えた。

「悩んでいる方々に対して、その悩みを解消してあげられるツールがあるのなら、できるようになりたい。もっと多くのお客様に喜んでもらいたい」

特殊メイクの知識と技術を学び、ヘア施術のキャリアを経て、まつエクの経験値も積みあがってきた。30代に突入したKiRiKo自身の変化にともなって、お客様の年齢層も少しずつ高まってきていた。

将来、より長いあいだお客様の力になるためにも、ボリュームアップエクステ技術の習得には価値がある。

そう思って、踏み切った。

「Maruさん、これ私やってみたいです」

これまでの経緯と想いを聞いたMaruは、素朴さのなかに静かに燃えるKiRiKoの熱さを感じ取って、二つ返事で快諾。

「俺らとやろうよ」

こうして2019年8月、KiRiKoのTUMUGUチームへの加入が決まる。すぐさま、エクステ技術習得へのトレーニングをスタートした。



さらに。

当時31歳だったKiRiKoには、エクステとは別のベクトルで、もうひとつ大きな目標があった。

それは、35歳までに自分の店を出すこと。

「店を出すまでの残り3年間で、ボリュームアップエクステ技術を確実に習得しよう」

そう考えていた。

ところが。2019年10月、その旨をMaruに相談すると、思いもよらない回答が返ってきた。

「わかった。じゃ、すぐお店出そう」
「えっ」
「このくらいの金額で物件探して」

Maruの大手サロン時代の出店ノウハウ、さらには自身で積み重ねた不動産投資の経験まですべてを総動員し、TUMUGUとしてKiRiKoの出店をサポートすることが決まった。

さらには、出店費用をTUMUGUで立て替えた上で、出店後の販促まで面倒をみていく、という段取りになった。

「いやいやいや、どうしよう。でも…ここでチャレンジしなかったら、いつするんだ」

予想もしていなかった急展開に、何度も自問自答した。頭をフル回転させて、自分の未来を見据えた。

経営のことは勉強してこなかった。でも、現時点で大きなお金の貯蓄も無い。今回もらったチャンスをもし逃したら、40歳までお店を出せない可能性だってある…

「行くしかない」

慎重派の夫とは、大喧嘩になった。

「何を言ってんだよ。これからの生活に大きく影響することなのに、いくらなんでも即断即決すぎる。それお前の悪いとこだぞ、考えなしに、勢いだけで決めるな」

たしかに、一理ある。しかし。いかに旦那からの大反対があろうと、一度やると決めたKiRiKoは止まらない。

人生を賭けた決断だった。



不思議なもので、KiRiKoがオンラインで物件探しを始めた、まさにその翌週。まるで何かに導かれるかのように、両開き扉、通りに面した地上階の、居抜き物件が田園調布にパッと現れた。

「あ、ココだ」

ビビッと来た。またも出会ってしまった。一瞬の直感。自分がその店内でお客様にヘアカットをしている光景が、ありありとイメージできた。こんなことってあるのだろうか。

「街の雰囲気だけでも見なきゃ」KiRiKoは翌日、ソッコーで自転車を飛ばしてその物件の立地を見に行った。直感はすぐに確信に変わった。

「ここにします」

壮絶なスピード感。

同2019年12月上旬に入居申込を完了し、審査が通過、内装・外装を最低限に整え、わずか3週間後の12月24日。TUMUGUの記念すべき1号店、
【TUMUGU 田園調布】を出店した。

話が出てから3か月、入居申込から3週間での店舗オープン。飛ぶように過ぎた時間のあとの、クリスマスプレゼントだった。


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KiRiKoもさることながら、出店に対してMaruがあっさり決定を下したことも、周囲には極端な舵取りに見えた。

過去に、
周りの美容師メンバーとの店舗立ち上げも検討したことがあったものの、元はと言えばMaru自身、「新規出店は大きなリスクを伴う」という判断で、フリーランスで美容師業をしていたのだから。

「どうして今になって出店を…??」「急過ぎる」「無謀な判断なのでは」そんな混乱の声もあった。

しかし、Maruはただやみくもに、イチかバチかで推し進めたわけではない。この出店の背景には、確たる理由があった。

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