過去

先生は、今日は楽しかったことを思い出してノートに書いてみましょう。ひとつでも、たくさんでもいいですよと言う。ぼくは心から時計を取り出した。オルゴール音が小さく鳴っていた。プレイボタンを押しっぱなしにしていたんだっけ。マイウェイというお気に入りの曲。ぼくは仕方なく時計の針を少しだけ巻き戻す。

どうしても切ない気持ちになり、針を元に戻す。もう一度だ。集中して巻き戻す。

やっぱり耐えられない。ぼくにも楽しかった思い出は必ずある。あったはずなのに、記憶に霧がかかり胸苦しく涙が出そうになる記憶ばかりが率先して脳裏をよぎり邪魔をする。やっぱりダメか・・

ぼくは書くことを諦め、時計を止める。オルゴール音を流し慎重に心に戻した。

ぼくは思い出が嫌いだ。

その日の夜、ぼくの大好きな心の友達に聞いてみた。楽しかった思い出ってある?彼は「あるよ。たくさん」と答えた。そうか、良かった。

彼にあるならそれでいい。ぼくはそう思った。

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