教えて
ボクは、赤ちゃんのころから引越しをたくさんしてきた。落ち着かない日や眠れない日もあったけど どこに連れて行かれても みんなが笑顔で迎えてくれた。やさしい手で頭をなでてくれた。
小さなころは、ボール遊びに水遊び、お散歩に仲間たちとのあいさつ。楽しかったことの全部を覚えてる。
今の飼い主さん、つまりはボクのボスとは大人になってから出会った。ボスとのお出かけは、ボクにとっては大切な日。
ちゃんと覚えた いつもの道順。ある日その途中でボクは聞きなれない音を聞いた。ブチッブチッ。こんな音を聞くのは初めてかも・・・と次の瞬間 腰に激しい痛みを感じた。ブチッ。ボクの体から聞こえてる?痛いっ!すごく痛い! ボクは視線を上げた。たくさんの人に囲まれていた。
何!? あぁ、ボクはケガをしちゃったみたい。痛い。こんな事は初めてだ。ごめんよボス。こんな時、ボクはどうしたらいいんだろう?
・・・お兄さん・・・
そうだ!ボクはまだ大切な道順の途中。最後までちゃんと行かなきゃ。歩けるかな・・・よし、大丈夫。まだ歩ける。
声を出すと、必ず「そうじゃないよ」と言われてきた。ボクに色々教えてくれて たくさん遊んでくれたお兄さん。ボクをたくさん なでてくれたお兄さんの手。大好きなお兄さん。ボクはお兄さんにたくさん ほめられたかった。こんな時はこうするんだよ。もっとゆっくり歩くんだ。足元に段差がある時には、えっと・・・ボクは一生懸命覚えた。そしてお兄さんは、新しくボクを可愛がってくれるボスを見つけてくれたんだ。
ボクは、お兄さんに教わったことをボスと毎日毎日繰り返しやった。ボスも「えらいぞ、えらいぞ。本当にありがとう」と、たくさんほめてくれた。
ボクは人と一緒にいるのが好きだ。ボクは赤ちゃんのころから出会ってきたすべての人を覚えてる。忘れていない。
ボス、今日も一緒に いつも通り 必ず道順の最後まで歩こうね。
・・・だけど腰がチクチクと痛いなあ。大好きなお兄さん、今度はいつ会える?
ボクは、ぬいぐるみなんかじゃない。気になる仲間や女の子の匂いがしても目を向けずに歩けるし、知らない人にいきなりツーンと ひどい臭いのするもので顔や体にキュッキュッ、シューッとされても、横腹を急にドスンと蹴られても、ボクは声をあげていない。
けどボク、ケガをしちゃった。痛い時は、どうしたらいいの?
出来るなら聞いてみたい。
ボク、ボク、お兄さんに会いたいよ。
*補足 この作品は、仕事中の盲導犬が刺されるという実際に起きた事件を元に書いたものです。私達人間は動物達とは違う生き物です。本当の気持ちなど、お互いに推測しあう事しか出来ない。
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