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ドクハク

 「ぼくの残りの人生はぜんぶ復讐に使うんだ」
そう言って、その子は左手にナイフを握りしめた。彼女の本当の利き手は左手だったからである。でも、ある日孤児院で右手でものを扱う練習をしてから、その子は利き手とは反対の手で、ものと向き合うようになった。彼女の残りの人生の向き合い方は、まさにその物への向き合い方そのものであった。
彼女の人生は、幼い頃その目に男を必死に書き込まれたとき以来、残りは少し血と涙の滲んだカーボン紙の余白のようだった。つまり、色褪せていたのだ。全ての色が褪せていったとき、その目は閉じていても開いていても、同じようなものである。なぜなら、そこに色の変化はないからで、まるで世界は静止しているかのような錯覚に陥る。未来を失ったその目は、世界に原像を与えて、その目が見えるものも全て決めてしまう。そして、その見えるものというのは、彼女にとってはすべてが復讐であるということだったのだ。きっと、これは偶然だったのかもしれない。でも、彼女にとってそれはいつも必然にしてしまうような思いを、抱えていた。
 彼女は、残りの余白に、いつも毒を吐いていた。それは、人によっては洗脳をさせてしまうような、神経毒のようなものだったり、優しい涙に誘われたり、胸にナイフを突きつけられたときのような涙だったり、涙に誘われる催涙ガスのような揺蕩みの毒だったりするのだ。でも、それでも彼女は物足りなかった。優しくされるだけじゃ、物足りなかった。彼女はまだ、世界を愛していたのだ。だから、彼女は世界を愛すことができる一つの契機が必要だったのだ。ただ、彼女と同じ十字架を背負う誰かが、彼女の心のなかには、あるいはその目に映ることはなかったのである。
 だから今日も彼女は毒を吐く。だって、「ぼくの残りの人生はぜんぶ復讐に使うんだ」

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