ピアス

「耳によくキラキラしたものつけてるから似合うと思って」
彼が17歳の誕生日にとサファイヤのピアスを差し出して満面の笑みで言った。
「ありがとう。でも嬉しいけど穴開いてないからね、これはつけられないよ」
とまっさらな耳を見せると、えっ!と驚き目を思う存分開かせたかと思うと次第にシュンと全てが垂れ下がった。
ふわふわの毛からつむじが見えて、垂れ目と眉毛が仲良く垂れ下がってしまった。
寒さで潤んだ目で私の耳をまじまじと見ながら急に触ったかと思うと焦ったようにポケットをガサガサさせて出したカイロを私の手にくっつけた。
そしてぎゅーと握り、付けてるの見たかったなぁとぶーと唇を突き出した。
両足を上下にぶらぶらさせケヤキが落とした茶色い落ち葉をカサカサ言わせながら赤い鼻もシュンシュンと言うので愛おしさが増して思い切ってほっぺをくっつけた。
「開けるのは校則違反だから、大人になったら開けるよ」
と言うと
「じゃあ俺も大人になったら開ける」
と彼が言った。
ざらざらする彼の頬が好きだ。

暖色系のイルミネーションが彩る街並みをいそげ!いそげ!と呟きながら早足で駅へ向かう。
ビュンっと冷たい風が吹いて、手袋を忘れた自分を恨み白い息で手をあっためると、ピコン!と携帯に入ったメッセージに顔を綻ばせる。
連なる店は早々と閉めていて薄暗い店のガラスと25歳になった私の耳についたサファイヤのパールが街頭の灯りと反射してキラッと光った。

end...

って純愛だと思ったか?バカめそんなわけないだろう!!?
高校を卒業して、彼は浪人で私は大学生。
はいー!まず浪人と大学生の恋愛なんて無理だわ。
しかも2つ県離れてたしな。
大学の話できないの気遣うじゃん?
何話せばいいのよ。って言いながら私もついついバイト先の男に惹かれたし。
(彼に少し似てたからだと後になって気づいた)
すれ違いにすれ違い2年の恋は終止符を遂げ、沢山失恋曲聴いて泣きました!
車の教習所に通ってた時は、左隣に座る教官と路上を運転しながら別れたことを話してたら、段々視界がぼやけてきて、なんだろうこれはとハンドル離して止められない涙を拭おうとする私に危ない危ない!と言って教官が運転を変わってくれたなぁ。
彼が私は運転向いてないと言っていたけれどその通りだなぁと鼻水を啜りながら教官の運転する腕を見ながら思った。

だけど25歳でピアス開けたのは本当。

それは、成人した人なら誰でも知っているであろう全品290円のチェーン店の居酒屋で1人飲んでいた日だった。
その日は奥さんのいるバーの店長と終わって何もかもどうでもいいような投げやりな気分になっていた。
そんなとき、お姉さん1人ぃ?と語尾が粘っこい上に甘ったるい匂いがする男に隣から声を掛けられた。
ワックスで頭皮の薄さを隠して若作りを頑張っている30代後半かそれ上に見えた。
クソハゲがと思い(私の心はかなりやさぐれていた。普段は絶対そんなことは思わない。)邪険にあしらおうとしたが目をやると耳には小ぶりの丸いピアスが3つ付いていた。 
ピアスを見ていると男は、気になるぅ?と唇を舐めながら言った。
キモッという言葉は心の中で収めて、痛くなかったですか?と聞くと、男は、
「痛くないよぉ。開けてないのぉ?俺美容師だから開けたいなら任せてよぉ。」と頬に触れ髪の毛に触ろうとするのでキモッと言いながら手を払った。
そのまま言葉出たことに、あ、と口を押さえると男は傷付くぅとクネクネするので余計にキモすぎる、忌々しすぎる、鬱陶しすぎるこのハゲが!と言ってあげた。(あ、ハゲは流石に言ってないと思う。)
このピアスはねぇ中学校卒業してから開けたんだよねぇ俺もヤンチャしててさぁ△abcde...
戯言を無視しながらなんで隣にいることを許したんだ私はと思いながらも不意に部屋の棚にある小さなヤツを思った。
別れた直後写真もお揃いのリングも全部捨てたのに、ピアスだけ何故か捨てられず未だに置いてある。
あの日の思い出に恋してるのは分かっていたけれど、どうしても捨てられずに置いてあったピアス。

部屋の匂いが渋滞している。
大混雑している。
ハゲ美容師のせいだ。
ヤツの甘ったるい匂いと未だ残ってるバーの店長の煙草の残り香が混ざって気持ち悪くなり蛇口を捻りコップに注いだ水を飲みながら時計を見ると24時を指している。
美容師はストーブの前で胡座をかきピアッサーの箱を開けている。
その瞬間、珈琲飲んだ後みたいな苦い底にある得体の知れないものを抱えたような気がした。
水を飲んで酔いが覚めたせいか急に怖くなった。

何故ハゲ美容師がいるのかという説明をと言うと、、酔いのせいに出来たら良いのに割と鮮明に覚えている私が恐ろしい。
ハゲ美容師がつけているピアスのせいで、純⭐︎愛ピアスを思い出していたら、あの頃が1番楽しかったなぁ、あれ以上に幸福な恋愛をしてなかったような気がするし、だから尚ピアスを捨てられていないのでは思うし、するとなんだかずっと恋愛が上手くいかないのはあのピアスのせいにも思えてきて、それを美容師に愚痴ったのだと思う。
モヤモヤ消すようにハイボールをガブガブ飲んでるともういっそのこと開けてしまえばぁ?と美容師が言ったので、そうすることにしたのだ。
そう説明していると、私のせいではなくて美容師がたぶらかせてきたせいだということが証明できた。【証明完了】

ハゲが持っているピアッサーは駅から家の間にある24時間営業のドラッグストアで買った。
入口では薄汚れた緑のジャンバーを着たおじさんが誰かと話しているのか大きな声で電話をしていた。
美容品コーナーにあるピアッサーを手に取ったとき、これもと美容師は0.5mmと書いてある箱をカゴに入れトイレに行ってくるぅと言ってその場から離れた。
私は何故かごめんねと呟いた。
誰に向けてか分かんなかった。
ドラッグストアを出るともうおじさんは居なくて潰された缶が落ちていた。

街頭の灯りが少ない夜道で歩きながら、空を見ると曇り空で星も月も見えなくて、ポツンとコンビニのネオンが目立っていた。
横を通ると車止めブロックに制服の男女がおでんを食べながら身を寄せ合っていた。

ストーブのところにおいでと来させ、曇ってる私の顔を和ごますように、一瞬でした方が楽だよぉというので覚悟を決めていつでもカモンぬ、と言うとピアッサーを持った美容師が頭をポンポンと手のひらを乗せ何だかんだ優しいなコイツもと思いながらヤツの3つのピアスが見ているととチクッとした。

朝玄関前でハゲ美容師は耳を指差し、化膿しないように朝晩の2回、ピアスと耳の間を水とかぬるま湯で洗って清潔に保つんだよぉと言った。
たくさん悪口心の中で言ってごめんと思いながら礼を言い見送ったあとペタペタと冷蔵庫に向かう。
昨日ドラッグストアで買ったものがそこにあった。
カーテンから差し込む朝日に目を細め、ショートケーキの苺にフォークを突き刺し髪の毛を耳にかけた。

穴の周辺を触りたくなる衝動をなんとか我慢して、めんどくさい朝晩の洗浄と、なんで今更ピアス?という同僚の問いをはぐらかし、一カ月後あのピアスをつけた私を鏡で見ると想像以上に似合ってなくてマジかよと笑った。

耳に触れると鏡に反射してサファイヤのパールがキラッと光った。

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