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【禍話リライト】女と遺書と先生

その小学校には少し変わったトイレがあった。

校庭のジャングルジムや滑り台などの遊具が並んでいるさらに奥、すぐ裏手にある山との境目になる場所に、ポツンとそれは建っていたそうだ。
男女共用で和式便所の個室が三つと小さな手洗い場、そしてなぜか妙に広い掃除用具入れがある変わった作りになっていた。

<なんか元々別の建物だったのを無理やりトイレにしたって感じの作りでしたね>

この話を聞かせてくれた女性はそう言った。

<荒れてるわけではなかったですけど、単純に不便ですし、いつも薄暗くて不気味でしたから、誰もあのトイレを使おうって生徒はいなかったと思います>

そのトイレでちょっとした事件が起きたそうだ。

ある日の5年生の授業中、一人の生徒が手を挙げた。

「先生、正面玄関から知らない女の人がやってきて、校庭のトイレに入っていきました」

驚いたのは担任の先生。
今と違いまだ外部の人間が割と出入りしやすい時代だったとは言え、校舎に寄らず校庭のトイレに向かうなんてことはまずあり得ない。
そもそもトイレを借りたければ校舎に寄る方が早いし、また外部の人間にはあの建物がトイレとはまず分からないだろう。

「不審者かもしれないから、先生確認してくるな」

そう言って校庭のトイレまで急いで見に行った。
生徒たちがざわざわと待っていると、5分ほどで先生は戻ってきたそうだ。

「一応確認してきたけど、中には誰もいなかったぞ。見間違いじゃないか?」

そう言われ、手を挙げた生徒は首を傾げながら、おかしいなぁ、確かに見たのになぁ……と言っていたがそこで話は終わり、それ以上取り糺すこともなく、その後は普通に授業が続けられた。


騒ぎが起きたのはその日の放課後だった。

施錠前の最後の見回りをしていた用務員が、例のトイレで妙なものを見つけた。
手前から二番目の個室の床に、茶封筒が置いてあったのだ。
何の宛名も無い無地の封筒の中に、これまた何の装飾もない真っ白な紙に書かれた手紙が一枚。それを広げて読んだ用務員は、すぐにこれが遺書だと気づいた。

<遺書の具体的な内容は、教えてもらえなかったんですけど>

彼女はそう前置きしつつ、その手紙にははっきりこれから自分が死ぬという事と、女性の名前が書いてあったのだと言った。

当初はイタズラかとも思われたが、女性の名前に心当たりのあった古株教師が調べた所、この学校の卒業生だった。
そこから古い名簿を頼りに女性の両親に連絡を取ることができた。
彼女は就職で一度県外に出たものの、数年前に精神を病んで学校近所にある実家に戻ってきていたそうだ。

そして母親が震える声で続けた。

「実は、今日の昼頃から姿が見えないんです……」

警察の調べにより、手紙の女性が家を出たと思われる時刻から街の目撃情報を頼りにルートと時間を計算すると、やはり校庭で目撃された女性で間違いないことが分かった。

そこから鑑識がトイレ内を捜査したが、普段から誰も使わない場所だったのが幸いしたのか、彼女の足取りはすぐに判明した。

「窓から人が出入りした痕跡があります。足跡からして女性に間違いないかと。恐らく、自殺のためにこのトイレに入り遺書を置いたが、先生がやってきたのに気づき、遺書は置いたまま窓から裏の山に入った、と思われます」

現場にやってきた警察官がそう説明した。
明日からは人員を増やし、山狩を行うとのことだ。

警察の説明を聞き、ショックを受けたのは生徒に言われトイレまで確認に行った先生だ。

「もしかしてもう少し自分が早くトイレに着いてれば、彼女を止められたかもしれない……」

普段から優しく生徒からも人気のある穏やかな先生だった。
彼が罪悪感を抱くのも無理はなかったが、周りの教員も生徒も皆、先生は悪くないよ、気にしちゃダメだよ、そう言って励ましていたそうだ。


次の日からすぐに大規模な捜索が始められた。
それほど大きな山ではなかったので、当初は人員を掛ければすぐに見つかると思われていたが、一週間経っても女性は見つからないままだった。

事件は進展しないままだったが、学校側ではちょっとした変化が起きていた。


例の先生の様子が事件以降おかしくなったのだ。

初めはやはり事件のショックから気分が落ち込んでるせいかと周りも思っていたが、それにしてもどうも様子が変だった。

授業の時間や用意するプリントを忘れたり、面と向かって話しているのに会話の内容が頭に入ってなかったり。いつも上の空で、何かにずっと気を取られているようだった。
生徒からも
「先生が授業中にボーっと廊下や校庭を見たまま動かなくなる時がある」
と不安の声が上がっていた。

当然、同僚教員達も心配して色々と声を掛けたのだが、本人は何の問題もないと言い張り聞く耳を持たなかったそうだ。


そんな状態が一週間程続いた後、ある日の午後の授業中。


「あっ!!!!!」

先生が突如叫んだかと思うと、物凄い勢いで教室から飛び出して行った。

突然の事で呆気に取られる生徒達。最初は誰も何も言い出せず教室はしんと静まり返っていたが、少しずつざわざわと困惑が広がっていった。
なになに?どうしたの?何があった?どうする?追いかける?でもどこに?職員室行く?などと口々に言っていると、窓際の席の子が叫んだ。

「先生居た!校庭にいる!!」

先生は、例のトイレに一直線に向かって行き、そのまま中へと消えて行った。

流石にその姿は他の教室からも職員室からも見えたようで、学校全体がザワザワと騒ぎ出した。
すぐに先生を追って若い体育教師と学年主任の二人がトイレに向かった。

トイレに着くと先生の姿は無く、3つあるうちの個室の真ん中、2番目だけ戸が閉まっていた。
学年主任が閉じられた個室の前に行き、コンコン、とノックしながら聞いた。

「先生?中にいるんですか?何があったんですか?」

個室からは何の返事もない。

「先生、とりあえずここ、開けますよ?」

そう言って扉に手をかけて引くが、開かない。
だが、鍵が掛かってるわけじゃない。
内側から強い力で引っ張っている手応えだった。

学年主任はびっくりして、体育教師にも手伝ってもらい二人がかりで開けようと扉を引いたが、それでも開かない。
先生ってそんな力強かっただろうか、と考えていると

「本当のことをお話しします」

個室の中から声がした。
低いトーンで暗い雰囲気ではあったが、間違いなく先生本人の声だった。

「あの日、私はこのトイレで本当は、彼女に会っていました。彼女は私に、封筒を渡してにっこり微笑むと、そのまま窓から出て行ってしまいました」

先生が淡々と話し始め二人は困惑した。

「先生?何を言ってるんですか?とにかくここを開けてください!先生!」

学年主任の声も聞かず、先生は語り続けた。

「私は、受け取った封筒を、どうしていいか分からず、混乱して、そのまま、このトイレに放置してしまいました──大切な、彼女の、大事なものだったのに、私はそれを、置きっぱなしにしてしまいました──」

「誠に申し訳ありませんでした!!!!」

バンっ!!

大きな声と共に突如扉を掴んでいた力が緩み、いきなり扉が開いた。 

「うわっ!!」

二人の教師は思わずのけぞった。
しかし開いた扉の奥、個室の中に先生はいなかった。

「えぇ!?先生……?一体どこに……?」

狭い個室の中に入り、二人は周りを見まわした。当然ながら人が隠れられるようなスペースはないし、他に出入り口もない。

「確かに中にいたはずなんですけどね……うわっ!!」

困惑しながら個室の外に出た体育教師が悲鳴を上げた。

「どうしました!?……あっ!」

その声を聞いて慌てて出てきた学年主任も驚きの声を上げた。

一番奥の三番目の個室に、先生がいた。

彼は額から脂汗を流し、目をぎらぎらに血走らせながら、個室の中で直立不動で立ち、真っ直ぐこちらを睨んでいた。

「せ、先生……?」

学年主任が声を掛けると、ゆっくりと口を開いた。

「俺はずっと黙ってた」
「俺はこのトイレに来てから一言も喋ってない」
「俺は何も喋ってない」
「俺は何も喋ってない」

先生はひたすらそう繰り返していた。

二人ではどうにもできず、さらに何人かの教師が来て何とか先生を連れ出すことに成功した。
それから、救急車や警察が来たりとまたかなりの大騒ぎとなった。

その間も、誰に何を聞かれようが先生は

「俺は何も喋ってない」
「俺は何も喋ってない」
「俺は何も喋ってない」
「俺は何も喋ってない」

そうずっと繰り返していた──


<先生、結局そのまま休職しちゃったんです。優しくて、良い先生だったんですけどね>

それから数年後に教師を辞めたそうだが、今はどうしているか分からないという。

<たまに考えちゃうんですよね。もしあの日、私が手を上げなかったら……先生にトイレを確認してもらうように言わなかったら……先生、あんな風にならなくて済んだのかなって……>

彼女は静かに俯き、最後にそう言った。

それから調べた所、例のトイレは既に取り壊されており、今はただの空き地になっているそうだ。

女性はいまだに見つかっていない。

【了】

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出典:
禍話アンリミテッド 第九夜(2023年3月11日)
『女と遺書と先生』(43:40辺りから)

こちらの話を文章化およびアレンジしたモノになります

タイトルはこちらのwikiより頂きました


二次創作についてはこちらを参考に

イラストはこちらのサイトから拝借いたしました

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