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【禍話リライト:禍ホーム】靴ずれのアパート

<自分を面白い人だって勘違いしてるつまらない人、いるじゃないですか?先輩もまさにそういうタイプだったんすよね>

どんなコミュニティにも面倒な先輩、厄介なOB、OGというのはいるものだ。
今から20年ほど前、Dさんが高校時代に所属していた不良グループにもそんな先輩がいたのだという。

その人はDさんの先輩のそのまた先輩に当たる世代だった。
本来であれば年齢的には就職なり進学なりしていて当たり前なのだが、何者でも無い立場を利用して暇さえあれば学生の集まりに顔を出していた為、Dさん含め皆から相当ウザがられていた。

<とは言え一応先輩の先輩ですんで、僕らもあんまり強く言えなかったんですよね……>

そんな先輩がある日

「なぁオメーら、肝試し行かないか?」

とニヤニヤしながら言ってきた。
Dさん達はまたか、と呆れてしまった。
実は以前にも先輩の誘いでとある神社に肝試しに行ったのだが、そこで深夜に暴れて騒いだおかげで警察沙汰になったことがあるのだ。

「いや、今度は大丈夫だから。場所はな、隣町の住宅街の中なんだよ」
「え、隣町って繁華街じゃないですか。そんな所ますます危なくないですか?」
「大丈夫、大丈夫!その場所だけなんか人が全然住んでないから!」

繁華街にそんな都合の良いエリアがあるだろうか?先輩はそう言うが、前科もある為にわかには信じがたい。

「で、そこに何があるんすか?」
「おう、そこにな、ボロボロの廃アパートがあるんだよ」
「へぇ、廃アパートっすか。なんか曰く付きなんですか?」
「それがな、そこの一室、女が勝手に忍び込んで自殺したらしいんだわ」

思ったよりガチな内容だった。
少しヘビーでは?Dさんはそう思ったが、先輩はさらに続けた。

「でな、そのアパートは行くと必ず"靴ずれ"するんだよ」

「はぁ?靴ずれ、ってなんでですか?」
「いや俺に分かるかよ、そんなの。知らねぇけど、なぜか必ず靴ずれするんだよ」
「それ、単に履き慣れてない靴で行くからじゃないですか?」
「いや、ちげーよ!どんな靴でもなるんだよ!実はな、俺も二年前に行ったんだけど、やっぱり靴ずれしたんだよ。履き慣れたスニーカーだったのにだぜ?な?肝試しにピッタリだろ?」
「はぁ……」

女が自殺したアパートと言われたらかなり怖いが、必ず靴ずれするアパートと言われたら不思議ではあるが怖いとは言い難い。

Dさん達は正直気乗りしなかったが、ヤンキー社会において年長者を蔑ろにするわけにはいかず、結局先輩と肝試しに行くことになった。

時刻は夜9時過ぎ。

先輩が待つ隣町の駅に着いた時点でDさん達は後悔した。
『準備は俺が全部しとくから安心してくれ』と言われ皆手ぶらでやってきたのだが、そこにはデカい懐中電灯を自分用に一本だけ持った先輩がいた。
当時は携帯電話のライトも申し訳程度にしかついてない時代。どう考えても人数分の照明は必須なのだが、当の先輩はそんな文句を言っても「悪ぃ悪ぃ」とヘラヘラ笑うだけだった。

<こういうとこなんすよね、先輩が特に嫌われてたのって……>

仕方なく先輩を先頭に件のアパートへ向かった。


「ここがそのアパートだな」

先輩が真っ暗な闇の中に建つ、二階建てのボロアパートを指差した。
確かに駅前の賑わいとは打って変わり、辺りは全く人の気配が感じられなかった。
Dさんは来る途中で町内掲示板を見かけていたが、掲示物は何年も前から更新が止まったままで、丸っ切り放置されているようだった。

今更ながら先輩が言ってたことは本当だったんだな、と感心していると

「例の部屋、二階にあるんだよ」

カンカンカンカン

先輩がアパートの外階段を軽快に上がっていく。Dさん達も慌ててその後を追った。

骨組みにしか見えない鉄階段は不安になる程軽い音を立てていたが、一先ず一般的な体型の大人が登る分には問題なさそうである。

ただ、Dさんは階段を登ろうとした時、足元にカラカラに乾いたナニか──恐らく枯れた花束が目に入っていた。

<そこで、あぁ本当に人が死んでるんだなぁ……って思いましたね>

二階の一番奥の部屋まで行くと先輩がまたニヤニヤ笑いながら扉の前で待っていた。

「お、来たな、来たな。ここが例の靴ずれする部屋だよ」

ガチャリ
とドアを開けて普通に入っていく先輩。

え?開いてるんだ、とみんなびっくりしたがまぁ管理されてない廃墟ならそういうこともあるか、と一応納得はした。
先輩が靴を脱いで上がったので、一瞬躊躇はしたが皆もそれに倣い靴を脱ぎ、おじゃましまーす……と小声で言いながら先輩を追いかけた。

真っ暗な部屋の中、先輩が持つ明かりだけが頼りだ。

「ここ、ここ。ここが問題の場所」

一番奥の部屋までズカズカと入っていった先輩は、そう言って懐中電灯で押入を照らした。

Dさん達はえ?と声を漏らした。

その押入れの下段は、外側からつっかえ棒がしてあった。
これでは内側からは開けられないだろう。
どう見ても異様な光景だ。

「え、あの、先輩……一応確認なんですけど……」

一緒に来た仲間の一人が尋ねる。

「その中……誰もいないですよね?」
「あ?中か?おう、いないぞ。ほら」

がたっ
がらっ

と、つっかえ棒を外して押入れの戸を躊躇なく開けた。

ビビるDさん達。

「な?誰もいないだろ?前来た時もこうだったんだよ。ま、俺が思うにさ、例の自殺した女って、多分ここで亡くなったんだろうなぁ〜」

またヘラヘラと笑いながら押入れを閉め直す先輩。
Dさん達は(やっぱりこの人、どっかおかしいな……)と思ったそうだ。

そんな軽い態度にちょっと腹が立ったDさんは

「いや先輩、仮にも人が死んでるかもしれない場所でそんな態度してたらまた靴ずれ──」

とそこまで言いかけて、違和感に気づいた。

なにかおかしい。

見ると周りの仲間達も気づいたようだった。
Dさんは、確かめるようにゆっくり先輩に聞いた。

「あの……先輩、前にここ来たの二年前、って言ってましたよね?」
「ん?おお、そうだけど」

「……じゃあ、その足どうしたんですか?」

懐中電灯で照らされた足元。
靴を脱いだことで分かったが、先輩の両くるぶしには絆創膏が貼ってあり、少し血が滲んでいる。
まるで──

「それ、靴ずれですよね……?なんでまだ靴ずれしてるんですか?」

「あ?あーこれ?これはさぁ……」

先輩は下を向いて、ライトで照らされた自分の足元を見ていた。

「俺のアパートってさ、ここと部屋の作りが似てるんだよな」

は?とDさんは思った。みんな思った。
何を言い出したんだコイツは?

「いやさ、間取りが似てるのよ、この部屋と。だから、まぁ、こうなったのかなぁって」

意味がわからない。
その回答で何を言いたいのだろうか。

「いや、ボロアパートなんかどこも似たような作りでしょ……!」

たまらず仲間の一人が叫んだ。
Dさんも同じ感想だ。

「はははは、まぁ確かにそうだよなぁ、うん。だよなぁ、やっぱり」

しかし先輩は何故かまたヘラヘラとしている。

「いや、アンタ何笑ってんだよ!」

最早敬語などDさんは忘れてしまった。
しかし先輩は怒るでもなく、相変わらずヘラヘラとした態度で

「いやぁ、だってよぉ。これな、実は靴ずれじゃないんだよ」

と呟いた。
え?え?じゃあ、それって──とDさんが続けるのも聞かず、先輩は話し出した。

「俺もな、みんなから靴ずれだって言われたから、そうかなぁとは思ってたんだよ。でもな、ずっとこうだから、やっぱり靴ずれじゃないんだよなぁ、多分。ずっとな、ずっとこうだからさ」

そう言う先輩はこちらを見ていなかった。

ライトで照らされた足元をじっと見ている。
まるで反省する人のように俯いたまま、ずっと、独り言のように話している。

Dさん達が言葉を失っているのも構わず、先輩は続けた。

「うん、やっぱりこれさ、靴ずれじゃんだよ」

そう言いながら彼はひょいと片足を上げた。
そしてそのまま右くるぶしに貼られた絆創膏をペリペリと剥がし始めた。

ライトに照らされて、右くるぶしが露わになる。

そこには緩いアーチを描いた真っ赤な傷口が向いあって二つ付いていた。じわっと赤い血が滲んだその傷はまるで

<長い爪でぎゅーーーって、抉られたようなキズだったんですよ>

まるで金縛りにあったように、全員先輩のくるぶしに釘付けになり声すら出せなかった。

それでもなんとか声を絞り出しDさんは先輩に尋ねた。

「い、いや……あの、なんすかこれ?先輩、これどういう意味ですか?」
「おぉ」

先輩はそこで初めてDさん達の方を向いた。

「だから、お前らの中にも、同じような部屋のやつ、いるんじゃね?」

まっすぐに、こちらを見て聞いてきた。

「いや、だからそれがなんの関係あるんだよ!」

誰かが叫んだ。
怒りと恐怖を誤魔化すかのような叫びだった。
しかし先輩はそう言われても、またヘラヘラと笑ったままだった。

「そっかぁ、そうだよなぁ〜。うんうん、そうだなぁ〜〜ーーーうん」

かちっ

突然暗闇になった。

先輩が、持っていた懐中電灯の灯りを消したのだ。

「えぇっ!?」
「なになに!?どうした!?」
「先輩!?先輩なにしてんすか!?」
「え?なんで?え?え?」

皆が困惑していると

がたっ
がらっ

さっき聞いた押入れが開く音。
そして

ずっ
ずっ
ずっ

何かが這い出す音が聞こえた。


そこからは早かった。

全員無言でアパートから一目散に逃げだした。靴も履かず、誰も何も言わず、ひたすらに走った。
何かを踏んだし、何かを蹴飛ばしたし、何かにつまづいたが、そんな事で足を止めるわけにもいかず、ひたすらアパートから離れる為、Dさん達は走った。


「ま、待って!ちょっ、一回止まろう!」

5分ほど走ったところでようやく一人がそう叫んだ。
いつの間にか、駅前近くまで来ていた。
立ち止まり、息を整えながらようやく先程の事を振り返る。

「あれ、なんだったんだろ……」
「誰か出てきて……たよね?」
「いやアイツがやったんだろ?暗かったしわかんなかっただけで」
「でもかなり下の方から聞こえたよ?誰か仕込んでた?」
「いや来た時見たじゃん、押入れの中誰もいなかっただろ?」
「じゃあなんなんだよあれ」

みんなが口々に言う中

「……靴どうする?」

一人がポツリと言った。

全員裸足だった。
しかし誰も取りに戻ろうとは言えず、靴は諦めてみな解散した。

実家暮らしだったDさんは、傷だらけの素足で帰宅したことで家族に相当驚かれ色々聞かれたそうだが、無視して一人足の手当てをしたそうだ。

<とにかくあちこち傷だらけだったんで。とりあえず足をよく見ようと思って、裾を捲ったんですよね。そこで気づいたんです>

右足首にがっつりと、掴まれた手跡が付いていた。


翌日学校で確認すると、アパートに行ったメンバーの半数程が同じような状態だったそうだ。

皆はそれっきり、この件を話さないようになった。

幸い例の先輩もそれ以来グループに顔を出しにくることが無くなり、結局そのまま一度も会わずにDさんは卒業した。

それから数年後。

就職して地元で働いていたDさんは、偶然一つ上の先輩──例の先輩の、直系の後輩にあたる世代だ──に街で出会した。

「久しぶりだなぁ〜!!どうしてた?」

喫茶店に入った二人は近況報告でひとしきり盛り上がると、それから高校時代の思い出話に話題は移っていった。

「そういやさぁ〜あの面倒な先輩いただろ?覚えてる?」
「いや、忘れられないっすよ」
「だよなぁ!あの人さぁ、今消息不明らしいんだよね。家族もどこにいるか分かんないんだって」
「へ、へぇ……そうなんすね……」
「なんか本当に変わった人だったよなぁアイツ。あ、そうそう、お前らには言ってなかったけど、俺あの人に肝試しに連れてかれたことあるんだよ」

Dさんはどきりと、自分の鼓動が速くなるのを感じた。

「肝試し……ですか」
「おう、なんか隣町にある廃アパートに行こうって言うからさ、最初俺行きたくないって断ったんだよ。でもなんかしつこく何度も何度も誘うからさ、『じゃあ昼間ならいいですよ』って昼に行ったんだよ」

「そんで行ったらすげーボロいアパートだし、なんか変な押入れも見せられるしさぁ〜何も面白くないわけ。だから俺聞いたんだよ

『先輩、なんでわざわざこんなとこ連れてきたんすか?ここなんなんすか?何があるんすか?』

って。なんかさ、いかにもナニか隠してる風だったし」

「最初はさぁ、なーんかはぐらかそうとしてさ、中々話そうとしなかったんだよ。でもあの人イキってる割には強めに言ったら負けるタイプだったじゃん?ちょっと脅してやったらすぐゲロったよ」

「そしたらさ『このアパートは自分が生まれたとこ』なんだとさ。そんで『この部屋で母親が死んだ』って言うんだよ。俺、気持ち悪いとこ連れてくんな!ってキレてさ、そのまま帰ったんだよなぁ〜」

ゲラゲラと笑いながら先輩は話したが、Dさんは少しも笑えなかった。

<あの当時、この話聞いてなくて本当に良かったと思います……>

Dさんは最後にそう言った。


調べたところ、件の廃アパートは既に取り壊され、跡には公園が出来ていることが分かった。
ただその公園、周りをびっちりネズミ返しのようになった金網で囲われている為、まったく子供が楽しめない仕様になっているそうだ。

<了>

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出典:
禍話インフィニティ 第四夜(2023年7月22日)
『靴ずれのアパート』(53:00辺りから)

こちらの話を文章化およびアレンジしたモノになります


タイトルはこちらのwikiより頂きました

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