見出し画像

【禍話リライト:甘味さん譚】視線の廃墟

<これは私の勘というか、危険予知能力が凄い、って話なんですけど>

目の前の女性は得意げにそう切り出した。
彼女の名前は『甘味さん』。
勿論通称である。
彼女は少し変わっている。

<この前、◯◯にある◯◯◯って廃墟に泊まりに行ったんですよ>

甘味さんは酔狂なことに、廃墟で寝泊まりするのが趣味なのである。
そして、様々な廃墟で一夜を過ごす中で出会った奇妙な話や怖い話を、こうして聞かせてくれるのだ。

*******************

その廃墟はかなり特殊な建物で、特徴を言えばすぐに特定出来るような物件だったそうだ。
暗くなる前に現地を確認しようと夕方頃に廃墟に入った甘味さんは

「うわぁ……これは酷い」

と思わず声を上げてしまった。
物件の中は想像以上にボロボロだったからだ。

というのも、床が穴だらけなのである。
床に空いた幾つもの穴は鉄骨が剥き出しになっていたり、雨水が溜まって池のようになっていたり、急に物凄く深くなっていたりと、とにかくどれも危険極まりなかった。

経年により崩壊したわけではなく、取り壊すはずだったものが中途半端に放置されている、という感じだった。

明るい今ですら恐る恐る歩かなければ穴に落ちそうなのに、これは夜になったらかなり危ないな……そう考えた甘味さんは

「よし、二階に泊まろう」

そう思ったそうだ。
彼女は少し変わっている。

階段を探してさらに廃墟の奥に進むと──人の声がする。
エンカウントかな?と彼女は期待したが、なんてことはない大学生くらいであろう男女の4人グループがいた。

彼らも甘味さんを見ると驚きはしたものの、こんちには〜、何しに来たんですか〜、などと場に似つかわしくない挨拶がわりの世間話をした。
甘味さんは流石に泊まりに来たとは言えず、廃墟が好きで写真を〜などと言って誤魔化した。

「そうなんですね!実は僕らは今晩ここに肝試しに来ようと思って、その下見に来たんですよ」

そんな彼らの話を聞き、甘味さんは内心

(こんな危険な廃墟に暗い中遊び半分で来るなんて、こいつらどうかしてるな)

と思ったそうだが、表面上はにこやかにやり過ごした。

しかしこうなると予定が狂ってくる。
折角の廃墟ナイトにパリピ連中が居ては興醒めだ。
日を改めることも考えたが、彼らの肝試しが終わるであろう時間まで外で時間を潰して、それから泊まりに来ることにした。

普段ならそこまでする必要はないのだが、甘味さんはどうしてもここに泊まりたい理由があった。

<そこの廃墟、ずっと誰かに見られてるんですよ>

彼女が廃墟を物色している間、床の穴、鉄骨の隙間、割れた窓、壁のひび……そこかしこからずっと"視線"を感じたのだという。
何者かは分からないが、確かにその存在を感じる。
そんな場所だからこそ、彼女は思ったそうだ。

<ここ、ビンビンに来てるな、って>  

彼女は少し変わっている。

甘味さんが再び廃墟を訪れたのは、夜10時を過ぎた頃だった。
事前の下見で危険性が分かっていたので強い懐中電灯を用意し、足元を注意深く照らしながら、昼間決めておいた本日の寝床に向かう。

ホテルで言えば受付となるような入り口の広い部屋を抜けて、建物奥の階段から2階に上がっていく。

その間、ずっと"視線"がついて来ていた。
それは部屋の中に入っても同じで、甘味さんの動き一つ一つをずっと監視しているかのように感じたそうだ。

<それだけじゃなくて、何ていうか、その視線、笑ってるというか……こっちを馬鹿にしてくるような……そんな感じだったんですよね>

『ホラホラ、足元危ないってwww転びそうwww』
『寝袋持ってきて偉いwww上手に使えるwww?』
『戸締りちゃんと出来てるwww完璧www』

まるでこんな風に自分の行動が面白おかしく見られているような、そんな空気を感じたという。

甘味さんはこの異様な空気の中

「これは寝てる間に何かあるかもな!!」

と、とても興奮して眠りについた。
彼女は少し変わっている。


「すいませーん!!誰か、助けてください!!!」

突然の叫び声により、深い眠りについていた甘味さんは飛び起きた。
何も起きなかったことにガッカリしつつも、蛍光時計を確認すると時刻は深夜2時過ぎ。
こんな時間に一体誰だ?寝ぼけた頭を少しずつ働かせながら、窓から声の下方を見る。

「すいませーん!誰か!助けてください!!!」

声と同時に明かりが見える。どうやら人間ではあるようだ。
甘味さんは仕方なく部屋を出て声の下へ向かうことにした。

一階に降りた甘味さんは驚いた。
そこに居たのは、昼間出会ったあの男女達だったからだ。

(嘘でしょ?肝試しって、こんな時間にするか!?)

「あぁ、良かった!あ、あの、友達が、穴に落ちちゃって……!!大変なんです!!!」
「えぇっ!?」

確かによく見ると、床に空いた穴の周りにみんな集まり、周りをオロオロ歩き回ったり、穴の中を覗き込んだりしている。
だから言わんこっちゃない、と思ったが昼間見た穴の底を思い出すと、大変な怪我をしている可能性が高い。

「だったら早く救急車!いや、警察も呼びましょう!

甘味さんは彼らに言った。
幸いこの廃墟、人里離れているが電波は通じている。携帯電話があればすぐに連絡はできる。

しかし、彼女らは一向に電話する様子がない。

何事かを呟きながらフラフラと歩き回るばかりで、誰もスマホを取り出そうともしていない。

なんなんだコイツら……と甘味さんは一瞬思ったが、友達が事故に会ってショックを受けてるのかもしれないな、と思い直し

「あ、じゃあ私がかけますね!」

と言って甘味さんがスマホに手をかけると、さっきの女性が腕を掴んできた。

「……落ちたのは私が付き合ってた久保田くんって言う男の子なんです」

突然のことにびっくりしたが、なるほど、恋人がこんな事になれば動揺もするか……と思った。
しかし腕を掴まれたせいでスマホを操作できない。彼女に手を離してもらうように言おうとした所

「久保田くんは、赤いキャップを被ってて、グレーのパーカーを着て、白いスニーカーを履いてました」

彼女は続けてそう言い出した。
いや、今それ言われても……と甘味さんは思った。

「うん、分かりましたから、落ち着いて。今、警察呼びますね」

「久保田くん、髪は短髪で茶色に染めてて、目は一重で眉は細くて、鼻は低くて唇は厚めなんです」

「そ、そうなんですね、あの、警察呼びますんで、手、離してもらって」

「身長は175センチで、体重は68キロ、足のサイズは26.5、右手の甲に黒子があって左奥歯に虫歯が一本あるんです。実家は関西で大学では──」

途中から、おかしいなとは思った。
言ってる内容も、腕を掴む手の強さも。

そこでようやく甘味さんは、女性が手に何かを持っている事に気づいた。
暗闇だったのですぐに気づけなかったが、それは小さなメモ帳だった。

「久保田くんは兄弟がいて、兄が一人弟が一人、兄は地元で工務店に勤務していて弟は──」

よく見れば、女性がそのメモ帳を見ながら"久保田くんの設定"を話していることに気づいた。

これは異常だ。

理由はわからないがとにかくヤバい。
とりあえず目の前の女では話が通じないと分かった甘味さんは、穴の周辺にいる他の人に声をかけた。

「あ、あの!すいません、この人……」

そこでまた、ようやく気がついた。

「久保田くんは足が速くて中学までは陸上部で高校では帰宅部に──」

「視力は右が2.0左が1.8、5歳の時に交通事故で左肘を5針縫う怪我をしてまだ跡が──」

「好きな食べ物は唐揚げ。嫌いな食べ物はきゅうりの酢の物、アレルギーは無く──」

他の連中も皆、同じように"久保田くんの設定"を話している。
ある人はスマホを見ながら、ある人は一枚の紙を見ながら。

なんなんだコイツら。
昼間はこんな連中じゃなかったぞ?

甘味さんはかなり気味が悪くなり、もうさっさと二階の寝床に戻りたい気がしていたが、本当に誰か落ちていたならやはり放ってはおけない。

ふと、穴のそばでじっとしゃがんでいる女性がいるのに気づいた。

彼女は他の連中と違い、メモやスマホを見ておらず、何も話さずじっと穴を覗き込んでいるようだった。

(良かった。まだ、まともそうな人がいた……)

甘味さんは掴まれてた手を振り解いて、その女性に話しかけようとした──しかし、直前で立ち止まった。

誰だこの女。
こんなやつ、昼間いなかったぞ。

穴のそばにしゃがむボブカットで白いワンピースの女性。記憶力は悪い方じゃない。間違いなく昼間はいなかった。

そこで甘味さんは改めて周囲を見まわして、人数を数えた。
一人、二人、三人……昼間見た人数と同じだった。穴のそばの女性を除けば。

<そこで、あ〜あ、って思ったんです>

このままこいつらと一緒にいてはヤバいと思い

「じゃ、ここ電波繋がるんで!!」

そう言って甘味さんは二階の部屋に急いで戻り、念入りに戸締りをして、再び寝袋に入った。

そこからは朝までぐっすりだった。

朝日で目が覚め、寝起きの甘いカフェオレを飲みながら

(昨日はめっちゃ怖かったなぁ〜!)

と振り返った。
あの後パトカーや救急車が来たような様子はなかったのだが、一応昨日の穴を見に行った。

そこは他の場所よりもかなり浅く、多分頭からでも落ちない限りは大した怪我もしないような穴だった。

(やっぱりなぁ……)

そう思って足元を見ると、穴のそばに何かを見つけた。

<それがね、真新しいタバコの箱と、お線香があったんですよ>

タバコは分かるが線香まで用意してるのは、恐らく最初から"そうする"つもりでやってきた連中なんだろう、そう甘味さんは言った。

それから、あんな時間に人を呼んで誰か来るなんて普通は思わない。
だから多分、彼女達は自分がいたのを知ってたんじゃないだろうか。
自分が来るのが分かってて"あんなこと"をしてたんじゃないか……。

<何がしたかったかは、分からないですけどね。あの時私が穴に近づいてたり、あのしゃがんだ女に話しかけたり、スマホで電話してたりしたら……凄いヤバかった気がするんですよね……>

彼女は少し俯きながら言った。
流石の甘味さんでも、ここまで危険ギリギリまで近づいたことは無かったのだろう。
落ち込むのも、無理は無い。

<でも、私の勘が鋭かったおかげで回避出来たんですよね。どうですかね、私の勘。やっぱり凄くないですか?>

甘味さんは得意げに笑った。
彼女は少し変わっている。

【了】

**************************

出典:
禍話アンリミテッド 第二十三夜(2023年6月24日)
『視線の廃墟』(38:20辺りから)

こちらの話を文章化およびアレンジしたモノになります

タイトルはこちらのwikiより頂きました

二次創作についてはこちらを参考に


『禍話』は猟奇ユニット「FEAR飯」による無料怪談ツイキャスです
毎週土曜日23時から配信中
wikiには膨大なアーカイブがあり死ぬまで怖がれます

禍話公式X
https://x.com/magabanasi

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?