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そんなプロポーズ滅びてしまえ

「僕の名字になってください」
「僕の名字がプレゼントだよ」
「あなたと同じ名字にしてください」
その他いろいろ。

夫婦はどちらか片方、多くの場合は夫の姓にしなければならない世界線におけるプロポーズとして、
「同じ名字になってください」
は、多分一般的だと思う。
だがしかし。
名前なんてそう簡単に変えられるものだろうか。

そう思ったのは、職場の先輩、それも私をどうやらめちゃくちゃ可愛がってくれる先輩が結婚したからである。
確かに入籍するとか話をしていた気がするし、結婚指輪もつけ始めたので、なんとなくそうなのかなぁと思っていたけど、職場では旧姓で通していたので確信が持てなかった。

でも、ある時たまたま本社の人と話しているのを聞いて、違う名字で名乗っていたりとか、会社の書類や保険証などは多分改姓手続きをしていたりとか、そういうところで、「結婚したんだなぁ」と思った。
同時に名字が変わるっていうのはすごい面倒な話だなぁと、他人事のように思った。
それまで20数年を過ごしてきた名前を変えるわけだから。
それって本当に納得できるのだろうか。

私は多分その他手続きも面倒だから夫婦別姓が認められるまで結婚しないだろうなぁと思う。恋愛結婚なんて言葉は私の辞書に今のところないのはさておいて。
そして、なぜか冒頭のプロポーズを思い出して。
「そんなプロポーズ滅びてしまえ」
と思った。

夫婦別姓が普通になったら、名字をもらう/あげるは普通ではない。
同姓を望むなら嬉しい言葉、別姓を望むなら傲慢な申し出。
仮にその世界でも、「家族になろう」は成り立つのだから面白いな、と思う。

名字が違っても家族になれる。
名字が同じでも壊れる家族もある。
そんな記号にこだわらなくたって、私たちは家族になれる。
名前が一緒でも、一緒じゃなくても。
同じところに住んでいても、住んでいなくても。
家族の形は千差万別。多様性の時代ですから。
受け入れられなくて結構。
理解できなくて結構。
ただ認めてほしいだけ。
それで壊れる程度の伝統ならその程度。

そんなプロポーズ、滅びてしまえ。

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