作品紹介 文芸短編

「外科医の遺産」

文芸の授業で書いた少しホラーな話です。


「……ここですか?」

不動産さんが気まずそうにそう言った。

とある土曜日。私たち家族はそろって不動産屋に来ていた。近々引っ越すことになったのだ。

私たち姉妹はただ付いて来ただけで、全く興味がなかった。希望があるとすれば寝室が姉妹別々であることだけ。

両親が指さしていたのは、大きな白塗の平屋。洋風の外観と広い庭付き。駅からも近くて値段は他の一軒家に比べればいくぶんか安かった。

なんと寝室も四つあり、私たち姉妹も異論はなかった。

不動産屋さんは、何故かちらっと私たち姉妹を見た。

「若い方がいらっしゃると、ちょっとお勧め出来ないんですよねぇ」

確かに私たち姉妹は二人とも女子高生だ。私は十八歳で妹が十六歳。

不動屋さんの濁した言い方に納得がいかなかった両親は、どこに否があるのかと、物件の見学を申し出ていた。両親はこの家を気に入ったようだ。

不動産屋さんは渋々といった感じで見学の手配を始め、私たち家族は不動産屋さんの車に乗せてもらって、その物件にやって来た。

 

大きな門がそびえ立ち、玄関までには石畳の道が広がっている。その左右には自力で生える花々。人が住まなくなってから十数年経っているとは思えない外観だった。

玄関の扉の上半分は、菫のステンドグラスがはめ込まれ、反射して光が眩しいほどだった。扉を開けて中に入ると、そこには大理石の床が広がり、絢爛な螺旋階段が見えた。

 

……螺旋階段? 

 

私の知識が間違っていなければ、平屋というのは一階建てという意味のはず。

「あの、二階もあるんですね」

私がそう言うと、父さんが怪訝な顔をした。

「何を言っているんだ。平屋は一階建てだぞ」

「えっ、でも……」

私の反応に、不動屋さんがやっぱり、といった風に溜息を吐いた。

「うぅ……」

すると、妹がお腹を抱えて呻きだした。

「どうしたの?」

母さんが心配そうに妹の背中をさすった。

「まずい! 病院に行きましょう!」

「え?!」

不動屋さんの指示の通りに救急車を呼んで、病院に向かった。

 

医師からは虫垂炎という診断がついた。簡単に言うと、何らかの原因で大腸と小腸の境にある虫垂という細い出っ張りに、食べ物が溜まったりして炎症を起こすことをいう。

若者に多い症例であり、突然の激しい腹痛に襲われるため、あの状況で症状が発症したことは不思議なことではなかった。

しかし、ただの腹痛だと思わずに、病院に行くよう言った不動産屋さんの方が不思議だった。

 

診断がついて、妹は抗生剤で様子を見ることになった。一段したところで、私と同じく不思議に思った父さんが不動屋さんに訪ねた。

「どうして、病院に行くよう言ったんですか? まさか、分かってた訳じゃないですよね?」

不動屋さんは言いにくそうに、話し出した。

「あの家は曰く付きでして……。実は前に住んでいた男性が外科医をしていたんです。開業して、あの家の二階で手術なんかもしていたそうです。それが虫垂炎の手術だったんですが……」

私も父さんも、そばにいた母さんの顔も、恐怖に固まっていた。

「ある日、その方が事故で亡くなって、遺産として引き継いだ方が言うには、二階が気味悪い、とのことで取り壊したんです。螺旋階段も。

それから売りに出されるようになったのですが、霊感の強い若い方が来ると、螺旋階段が見えて、二階があると言うんです。そして、十中八九虫垂炎を起こすんですよ」

それを聞いた私は背筋が凍った。そして、気付くとお腹が痛みだしていた。

私には既に虫垂がないというのに……。〈了〉


虫垂炎って突然痛み出すから怖いですよね……、とよく分からない後書きを残します。

 

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