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娘の遅い帰宅(ショートショート)【音声と文章】

山田ゆり
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けい子は真っ白な世界からふわぁっと「今」に戻ってきた。


時計は6時を回っていた。
「あー良く寝た!」
けい子は両手を上げ、その言葉を自分に言い聞かせるように言った。
人の脳は想像以上に単純なのである。
「良く寝た」という自分の言葉を感知すると脳は「良く寝たんだ」という情報を体に送るのだ。だから、自己暗示も大事だ。


昨日は何があったっけ?
けい子はクリーム色の天井を一瞬見つめ、すぐに目を閉じて毛布を鼻のあたりまでかけてうとうとしながら思考を巡らした。


昨夜は調べ物をしていて結局解決しなかった。
思うようにならずにふてくされ、けい子は寝てしまったことを思い出していた。
今日こそは、とけい子は自分を奮い立たせた。



けい子は起き上がり左の靴下を履いている時にふと、気が付いた。

そうだ!
昨夜、娘のミズハはいつもの時間が過ぎても帰ってこなかった。
気にはなったが娘ももう大人だ。
心配はいらない。
けい子は連日の寝不足がたたり、週末の昨日は早く床に就いたのだった。


果たしてミズハは帰ってきているだろうか。
交通事故などに遭遇していないだろうか。
いや、交通事故だったら警察から連絡が来るだろう。
交通事故ではないとしたら?
何らかの原因で駐車中の車の中で気を失っている?


突然、胸の中でモクモクと不安が沸き起こり今さらながら心配になってきた。
けい子は急いで部屋を出て階段を下りる。
階段を下り切ったところに玄関があり、そこにミズハのスリッパがなければ帰ってきていることになる。


どうか、スリッパがありませんように。


けい子はごくりと唾を飲み、階段の手すりの凹みの感触を感じながら慎重に階段を下りて行った。
そして、いつもスリッパを置いているあたりに目をやった。




スリッパはなかった。
ふ~っ。

と言うことは帰っているということだ。
けい子は軽く息を吐いた。



けい子は玄関に脱ぎ捨ててあるミズハのブーツを揃えようと持ち上げた。
すると靴底にはまだ白い雪がついていた。
と言うことは帰宅してそれほど時間が経っていないということだ。


何はともあれ、無事帰宅してくれ良かった。




けい子はリビングのカーテンを開けた。
すると物干し台の隣にミズハの軽自動車が置いてあるのが見えた。


けい子の家の車は全てを車庫に入れている。
几帳面なミズハが車を車庫に入れていないということは、それだけ遅い時間に帰宅したことを物語っている。

自動で開閉する車庫のシャッターは経年劣化で上げ下げの時にキュルキュルと音がする。
日中はそれほど気にはならないが、月も眠る時間帯に鳴るその金属音は、不快だと思う。


そのためミズハは遅く帰宅した時は、車を車庫には入れずに庭に置くことがある。
そういう心配りをする娘なのである。


何はともあれ、けい子は娘が無事であることを知った。




けい子はリビングのソファーに座り本を読み始めた。
起きてから1時間、読書をするこの時間がけい子には至福のひと時である。




ミズハが階段を下りてくる音が聞こえてきた。

ん?
何かがおかしい。


その音は、いつものミズハの足音とは少し違っていた。
そして13段目を下りきったところでけい子は自分の予感が確信に変わり、ミズハの方を振り向いた。








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