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ショートショート

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「こうだったらいいな」「ああなりたいなぁ」「もしもこうだったら怖いなぁ」たくさんの「もしも」の世界です。
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#あなた

水田に映し出される枝垂れ桜(ショートショート)【音声と文章】

「あっ。」 ピンクの蛍光ペンを落としてしまった。 カタカタと音が続き、前列の椅子の下で止まった。 リョウコは一瞬、どうしようかと迷った。 今は大学の講義中である。 段々になっているその教室は人気講師の授業ということもあり満席だった。 両端にたくさんの学生がいて、今、立ち上がることができない。 ほんの一瞬、躊躇していたら、前席の方が身体をかがめて蛍光ペンを探し出しくるりとリョウコの方を見て渡してくれた。 「あっ!」 リョウコは彼の顔を見て口に手をあてながら小声で言った。 彼は今朝、駅の改札口を出た辺りでリョウコが落としたピンクのハンカチを拾ってくださった方だった。 白い歯を見せて笑う彼にドキンとした。 彼の身体のまわりにだけぼんやり白い光が放たれているような気がしてリョウコは彼の後ろ姿を見ていた。 あれから20数年。 見事な枝垂れ桜が印象的なこの地を今年もあなたと訪れることができた。 今は子どもたちも自立し、二人だけの静かな生活に戻っていた。 水田に映し出される逆さの枝垂れ桜は、まるで上下で一つのように錯覚してしまう。 あなたと一緒になるのは必然だったと上下一対の桜が語っているようね。 note毎日連続投稿1900日をコミット中!  1875日目。 ※聴くだけ・読むだけ・聴きながら読む。 どちらでも数分で楽しめます。#ad 水田に映し出される枝垂れ桜(ショートショート)

悪夢(ショートショート)【音声と文章】

大きな歯車が動いている。 そして歯車と歯車の間から大きな布団が出てきて私に覆いかぶさってくる。 ふわふわしているのにその布団はどっしりと重みがあり、私はその布団から逃れられない。 布団は何枚も現れ私の上に覆いかぶさる。 真綿で首を締められているようだ。 助けて。 誰か助けて。 そんな夢を見た。 小さい頃によく見た夢だ。 首の周りに汗をかき下着は汗で体にはりついていた。 隣であなたの寝息が聞こえる。 万歳の格好であなたは寝ていた。 あなたのわきの下に頭をつける。 あなたは手を下ろし私の頭を大きな掌でポンポン触る。 分かった、分かった。 大丈夫だ。 今は寝よう。 あなたの日に焼けた大きな手は私にそう語りかける。 フローラルアロマの匂いがするあなたのTシャツ。 私は子犬のようにTシャツに鼻を付けてその匂いの世界にグルグルと回りながら入って行った。 どんなことがあってもあなたがいれば怖くない。 私は安心しながら真っ白な世界へ入って行った。 そんな夢を見た。 ※note毎日連続投稿1900日をコミット中!  1863日目。 ※聴くだけ・読むだけ・聴きながら読む。 どちらでも数分で楽しめます。#ad 悪夢(ショートショート)

「私のこと好き?」(ショートショート)【音声と文章】

※note毎日連続投稿1800日をコミット中! 1722日目。 ※聴くだけ・読むだけ・聴きながら読む。どちらでも数分で楽しめます。#ad  あなた:「俺は〇〇(私)が一番好きだ」 わたし:「何言ってんの?!」 一升瓶の半分が無くなり、ろれつが回らなくなったあなたは必ずそう言う。 私は言われてまんざらでもないが、これ以上黙っていたら、あなたは何を言い出すか分からない地雷の様な人。 この間なんて、酔ったあなたは二人にしか知りえない事を平気で口に出していた。 その時、周りには誰もいなかったのが幸いだった。もしも思春期の娘たちに聞かれたらと思うとヒヤリとする。 白のシャツがお風呂上がりで少し汗ばんでいる。 あなたは背中を丸めて椅子に崩れるように座り、飲んでいるのか寝てるのか分からない。 食べるつもりで自分でよそったご飯には箸が2本、立っているだけ。 そんな不作法は娘たちの立派な反面教師になっていた。 当時のことを振り返って娘たちは口々に言う。 「あの頃、お父さんとお母さんののろけ話を聞かされていたこっちの身にもなってよ。」 私たち二人のやりとりが思春期の娘たちには、流行りのラブストーリーのドラマを見るよりもドキドキしていたのだと、今になって知る。 「俺は〇〇(私)が一番好きだ」 この言葉は 「俺のこと好き?」 と暗に聞いていたと思う。 その答え、言わなくても分かってるでしょ? あなたの気持ちは知っていた。 だからあえて私は言わなかった。 一本の白い煙がまっすぐ天井に向かって上っていく。 壁に飾った複数の写真の中の一枚を見上げて私は問う。 今でも「私のこと好き?」 今回は、三羽 烏さんhttps://note.com/miwa_karasu の企画に参加させていただきました。 ↓ https://note.com/miwa_karasu/n/n286e4b01811c 三羽さん、素敵な企画をありがとうございます!

指先の会話(ショートショート)【音声と文章】

※note毎日連続投稿1700日をコミット中! 1689日目。 ※聴くだけ・読むだけ・聴きながら読む、 どちらでも数分で楽しめます。 おはようございます。 山田ゆりです。 今回は 指先の会話(ショートショート) をお伝えいたします。 「じゃ、やるか」 私は6畳くらいの玄関のアスファルト敷に新聞紙をずらして広げ、あなたは台所から小さい椅子を持って来てその上に置いた。 あなたは首の周りにぐるりとケープを巻く。 私は電動かみそりを延長コードに接続する。 「えーっと、今日はどうする?」 私はなぜか照れて、どうでも良いことを言い始める。 中くらいの刈り上がりになるカセットをセットして全体を切ってゆく。 前髪は少し長めに残るようにしている。 次に一番短めの刈りあがりになるカセットに付け替えた。 これ以降は少し注意が必要だから自然と無口になる。 私はあなたの後頭部のあたりを軽く押す。 私の掌からあなたへ信号が送られる。 あなたは黙って下を向く。 刈り上げていくと小さな髪の毛が私の手にまとわりつく。 それは、普段、幼い娘たちのお世話で夫にまで手が回らない私への感情表現のように感じた。 私だってもっとあなたに触れていたいのよ。と、指先からあなたに発信する。 前回よりもうしろを綺麗に刈ることができた。 次は耳の周り。 私はあなたの耳を人差し指と中指で内側に畳んでその周りを刈ってゆく。刈る方向に沿って、抑える指先を微妙に動かす。 顔を近づけるとたばこのツーンとした匂いがした。私はその匂いを打ち消すようにゴクリと唾をのんだ。 あなたは目を閉じじっとしている。 何を考えているの?言わなくてもなんとなく分かる気がする。 終わりに向かって無言のひと時が続く。 ジリジリと器械の音だけが玄関内に響く。 話をたくさんしている時もいいけれど、無言のひと時は、言わない分、それ以上に濃厚な会話をしているような気がする。 「これでどう?」 私は靴箱の縦長の鏡があなたに見えるように扉を開いた。 髪が短いあなたにキュンとする。 私は思わず後ろからあなたの頬に掌をあてた。 あなたは私の腕を優しく握る。 「うん」 数秒間の沈黙の後、あなたはそれだけ言って椅子を持ち上げた。 私は箒で椅子についた髪の毛を払いのける。 そして器械の後片付けをして箱にしまう。 あなたは新聞紙を畳んでゴミ袋に入れる。 玄関は何もなかったように元に戻った。 初めて電動かみそりをあなたが買ってきた時は戸惑いばかりだった。 うしろが見えないあなたは気が付いていなかったけれど、刈りあがりがいびつになり、いかにも自宅で刈ったのが分かるできだった。 毎回、ヒヤリとしならがあなたの髪を切っていった。 そして何回もするようになり少しずつ慣れていったのだ。 黙ってされるままになっているあなたが愛おしいと感じる。 私が添える指先であなたに気持ちを伝える。 目をつむるあなたの閉じた瞼からあなたの言葉を受け取る。 あなたの髪を切っている時は、無言の会話が続くひと時。 あとでもっとその続きを聞かせて。 今回は 指先の会話(ショートショート) をお伝えいたしました。 本日も、最後までお聴きくださり ありがとうございました。  ちょっとした勇気が世界を変えます。 今日も素敵な一日をお過ごし下さい。 山田ゆりでした。 ◆◆ アファメーション ◆◆ .。*゚+.*.。.。*゚+.*.。.。*゚+.*.。 私は愛されています 大きな愛で包まれています 失敗しても ご迷惑をおかけしても どんな時でも 愛されています .。*゚+.*.。.。*゚+.*.。゚+..。*゚+