記事に「#ネタバレ」タグがついています
記事の中で映画、ゲーム、漫画などのネタバレが含まれているかもしれません。気になるかたは注意してお読みください。
見出し画像

シャニアニ1st・2ndを「音楽アルバム」に例えて

シャニアニ1st seasonは映画館ではなく、テレビ・ネット放映から視聴しました。
個人的に3DCGのキャラ描写にはどうしても没頭しづらいタイプなので、アニメはそこそこに楽しめれば良いかという心持ちで、先行映画視聴勢のネタバレ感想を沢山読んだ上で改めて自身で視聴した次第です。

1st全体の感想としては、全12話の中で面白い話も存在する反面、テレビアニメとしては視聴への集中力を試されるような話も散見されて、結果的にバランスがやや欠けた構成に着地してしまったように思えました。しかし、4つのアイドルユニットを取りこぼさず描写して終盤のライブまで到達する為には、本作はそのような構成にチャレンジするのが必然だったようにも思えるのでやむを得なかったとも。

…という面白味のない感想は前置きとして、

この記事の本題はシャニアニ1stに対してもう少し踏み込んだ感想を”音楽アルバム”という変な例えで整理しつつ、シャニアニ2nd season1章(紛らわしい表現ですが1~4話まで)については映画館で視聴してきましたので、こちらの感想も同様に記したいと思います。

全般的に主観オンリーで展開していきます。そんなに理論立ててませんので、ノリと勢いで読んで頂けると波長が合うかと思います。

※シャニアニ1st・2ndのネタバレあります。


で、いきなりですがシャニアニ1stは「コンセプト・アルバムっぽい作りしてたなぁ」と感じました。


シャニアニ1stはコンセプト・アルバムだった?

サブスク型音楽配信が主流であり、アルバムという概念がどこまで通用するのか疑問ですが、音楽アーティストが発表するアルバムの種類のうち、そのアルバムに特化したテーマに沿った楽曲で固めた”コンセプト・アルバム”が存在します。

コンセプト・アルバム(Concept Album)は、ある一定のテーマまたは物語に沿った楽曲によって構成されたアルバム。
アルバム全体でひとつの作品になっている作品をさしている。


例えるなら、商業タイアップで制作されたキャッチ―な音楽のみで集約しているアルバムではなく、リード曲とカップリング曲、場合によってはインスト曲も混合されていて、全ての曲に意図が込められ、そして1枚のアルバムで完結する作品。

音楽の幅は途方もなく広く、音楽ジャンルや時代、アーティストの捉え方次第でバリエーションがある為、皆様の想起するコンセプト・アルバムもまた多種多様でしょうが、言わんとしたい事は把握頂けるかと思います。

そしてシャニアニ1stというアニメ作品(全12話)もまた、かなりの部分でコンセプト・アルバムのような制作がされているように見受けられないでしょうか。

これは「アニメはなんでもコンセプトを設定する物だろう」という0か100かの話ではなく、本作が特に注力したコンセプトについて、全体的には”ストーリーを丁寧に描く”、そこから派生して”ライブパートの実在性追求””原作ゲームの時系列を前提とした構成””光の描写”等に制作陣がどれほど傾倒し挑戦的であったかはアニメ本編からも、またアニメプロデュ―サーへのインタビュー記事などでもはっきり示されています。
特に”ライブパートの実在性追求”が度を越していて、終盤の1stライブオマージュでは3DCGでのダンス・音源・ステージの光源などに並々ならぬ労力が掛けられていました。

そもそも1stはシャニマス初のアニメーションシリーズでありながら、アニメの構成要素に挑戦的な取り組みを様々に導入していました。映像は前述のライブ部分に加えて、3DCGを介した人物の動きにはカメラワークのこだわりがあり、音楽はサウンドトラックにあえてフィルムスコアリングを採用し、脚本は先に触れたとおり空気感を優先した構成を躊躇なく導入する、その上で4ユニット16人を平等に扱うことも蔑ろ(ないがしろ)にはしなかったのです。

ただ、全体でひとつの作品になろうとしながら、更に演出方面にも未知数の労力を注いだ余波からか、完成した作品に上手くない部分が生じてしまったのではないでしょうか。特にアニメ中盤の空気感を演出し補強する回について、コンセプト・アルバムにおけるカップリング曲やインスト曲のような立ち位置でありながら、単独でのエンタメ性を担保し切れていなかったように思えます。

コンセプト・アルバムとしての音楽作品は、どうしても”万人受け”という観点で一般的なアルバム作品のそれに及ばない場合があります。いくらファンではあってもリード曲はともかくカップリング曲・インスト曲は全て味わい尽くせないケースに多少なりとも共感して頂けるのではないでしょうか。もっとはっきりと、好みでないトラックを飛ばす方もいらっしゃるかもしれません。

しかし、テレビアニメ視聴では好きな回の選り好みやトラック飛ばしは考慮されません。つまり、穏やかすぎるインスト曲のようなアニメ回であっても20分以上は視聴しなければならず、この体験が作品へのネガティブ感を発生させてしまったのが、シャニアニ1stの課題として残ったように思えます。

総括してシャニアニ1stは”こなれていないコンセプト・アルバム”だったのではないでしょうか。


ファンが唱える”新規層向けの作品”とは何か?

さて、シャニアニ1st感想でよくあるフレーズとして「新規層に受ける作品にするべきだった」がありますが、ファン心理としてはよく共感できる意見でありつつも、具体的に何を指しているのかはっきりしないようにも思えます。

映像作品として面白いもの・初見ウケするもの、というのは多分に抽象的ですし、かといって原作ゲームシナリオの質量を鑑みれば、アニメで完全に再現するのも非現実的なのはなんとなく理解出来る訳です。しかしながらこれはシャニマスのシリーズですから、原作と相関が無い完全オリジナル展開ではないのもはっきりしています。

これらの仮定から、求められていたのはやはり”ベスト・アルバム”だったという表現がしっくり来るのではないでしょうか。


そのベスト・アルバムの中でもコンピレーションの形式が近いと感じますが、要するに原作ゲームシナリオをピックアップし1クールに編集した作品、原作のエッセンスをふんだんに感じられるエピソード”集”をやはり望んでいたのではないかと思われるのです。

流石に原作エピソード集100%の構成が絶対という極端な意見はまれだとしても、シャニマス初のアニメとして”ベスト・アルバム”を望んだファン層に対して、それとは毛色が異なる”コンセプト・アルバム”を提示されたギャップが、前述のネガティブな視聴体験と合わさってコレジャナイ感を出力させたのではないでしょうか。


では、シャニアニ2ndはどう変貌したか。
ポジティブな反応として、ベスト・アルバム的な改変がされています。


シャニアニ2ndはベスト・アルバムの予感


※ここからはネタバレ全開で記載します※

シャニアニ2ndでは原作ゲームのエッセンスがストレートに落とし込まれています。

2話はタイトルのとおり、ストレイライトの長編コミュ「Straylight.run()」の改変ですし、3話での283プロアイドルのシャッフルユニット結成は越境コミュのそれです。4話のハロウィンイベントはファン感謝祭を彷彿させますし、4話以降の予告でもアンティーカやアルストロメリア、またノクチル関連で原作ゲームシナリオになぞった展開が示唆されています。

その他にも、キャラの会話のテンポは小気味良く、真乃も自身の心情を細やかに述べるようになりましたし、幕間のレッスンパート等もメリハリがきちんと効いた絵に落ち着き、サウンドトラックも良い塩梅に効いています。これらの要素が4話全てに適用されていて、課題だった単話でのエンタメ性を担保できています。

これはベスト・アルバム的な方向転換があったとみるのが妥当ではないでしょうか。想像するに、制作陣がこなれてきて構成全体を点検する機会が1st~2ndの間で確保できたのかもしれません。
まだ4話しか公開されていないのであくまで予感ではありますが、ファンの潜在的な欲求に対して制作陣はかなり適切なアプローチを取ってきたように見えます。


加えて、ただ既存作品のベスト盤ではない、アニメ特有の見ごたえも内包しているのが評価できるポイントではないでしょうか。

個人的には、1stで培った3DCGでのライブ表現、特に”光”をより多彩かつ派手に、これぞ3Dの醍醐味という抜群の映像処理が大変見ごたえがありました。3DCGに抵抗感がある人間としても贔屓目なしに素晴らしかったです。

その中でも、4話のライブパートが特に良かったですね。アニメオリジナルのライブであるのに、それをまったく感じさせない”実在性”。1st終盤ではまだ手探り感がありましたが、これは手放しで評価出来る視聴体験でした。最後の曲がEDクレジットで進行した際の「ダンスを見せてくれないの!?」というもどかしさはそれだけ没頭できた証でもあります。楽曲に関しても新規曲が多数収録されたのがサプライズで、これはシャニマス・シャニソンでの実装も待ち遠しいです。


不満点を挙げるなら、原作シナリオからの改変部分については、なまじ原作を知っているので理想を追い求めてしまうところではあります。

”ベスト・アルバム”はあくまでも名称であって、実際にはどうしてもコアなニーズを拾い損ねることがありますよね。「あの曲が収録されていない!」「あんなアルバムremixは原曲から劣化してる!」「この曲順は元のアルバムの良さを損なう!」というオリジナル(=原作)準拠へのこだわり、アニメに置き換えると主にシナリオやキャラ描写が該当しそうですが、今回であればストレイライト周りの描写は”もやもや”が生じるかもしれません。特に、アニメ鑑賞において脚本に比重を置いた場合にどうしても既視感が先行するので、没頭ではなく批評寄りに誘導されやすい構成とも感じました。これも”ベスト・アルバム”の宿命でしょうか。


とはいえ、たった4話でこれだけの満足度があり、今後はノクチル登場を控えて、2ndは1stより数倍の期待感を持てるのではないでしょうか。

総じて、シャニアニ2ndは”ベスト・アルバム”の形態でありながら、オリジナル要素も多数収録された意欲作になり得るポテンシャルをひしひしと感じました。


…蛇足ですが、SNSでのネタバレ感想では「大衆向けに味変した」という旨の意見が見受けられましたが、特にネガティブに捉える必要はあまり感じませんでした。

あくまで個人的な意見ですが、1stのような描写を徹底したいならテレビアニメではなく映画で、つまり映像媒体として適正がマッチした公開方式への変更が必要不可欠であるように思われるからです。いくら劇場公開が可能なクオリティがある映像作品でも、やはりアニメの本質は各回20分超で全12話構成ですから、それぞれのニーズに合致した店構えと作品で提供されるのが望ましいように思えます。


という訳でシャニアニ1st・2ndを音楽アルバムの例えで示してみました。

そしてここまで書き連ねますと、シャニアニは2ndから視聴し始めても正解ではないかと思っています。

普通、アニメを1期飛ばして2期から見るのを推奨するのは酔狂だと思われるでしょうが、シャニアニに限っては2期からの視聴を遠慮しなくて良い、むしろ1stが肌に合わなくても2ndこそ視聴すべきとまで言っても良いです。

あなたが推しのアーティストを新規層に布教する際に、シャニアニ1stはコンセプト・アルバムで、シャニアニ2ndはベスト・アルバムであるなら、どちらを薦めるでしょうか。万人受けしそうな作品集はむしろベターな選択に思えます。

作品を120%味わう為に放映順にこだわるより、100%味わう為に2nd視聴からスタートして良いと思えるほど、2ndには新規層向け作品としての適正も強度も備わっていると考えますし、シャニマスは原作ゲームでも「時系列に執着し過ぎず、どのコミュからでも読み始めて良い」という風潮がありますので、アニメにおいても適応して良いものだと思います。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?