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小説✴︎梅はその日の難逃れ 第31話


普段はもっぱら自転車派の春翔も
材料仕入れの為に、母親から
車を借りて
小春の家まで迎えに行く。
玄関前で待っていた小春に
手を振ると小春も小さく手を上げた。

降りて助手席のドアを開けに
回り込んだ春翔が
エスコートすると、小春の車に乗る時の軽やかな動きが、昔お嬢様だった名残を感じた。とてもスマートで華麗な動きだった。
春翔も運転席に座るとつい
「小春さん、エスコートされる事に
すごく慣れますよね?流石です」
「あら、やだ、こんなふうにエスコートされる事自体、うん十年ぶりなのに」
「いや、素敵でした」
「喜ばすのがお上手ね」
2人は笑い合った。

瓶はデザインと何粒くらい入れるか、考えながら、選んだ。
2人で選ぶ姿は、おばあちゃん孝行の孫としか見えない。
けれど、春翔の中では
1人の女性としてデートしている気分だった。

「良い感じのが見つかってよかったですね」春翔が言うと
「そうね。あら、もうこんな時間。
春翔くんお腹空いてない?」
「実はペコペコです」
笑う2人は
「そうでしょう?どこかでお昼にしましょう」
周りを見渡した時、小さな食堂があり
外看板にはいくつかの魚の定食が書かれている。
「小春さん、ここはどうですか?」
「良いの?和食でも。若い子にはもっとボリュームのある洋食じゃないの?」
「以前言いましたよね、祖母の作る和食が大好きだって」
「そうだったわね。じゃ、ここにしましょ」

「ここ、段差ありますから」と
入り口で差し伸べる春翔の手に
小春もそっと握り返した。
春翔の手と見上げた顔に
小春の頭の中で千登勢とのあの日が
一瞬フラッシュバックした。
急に恥ずかしくなった小春は
一瞬ビクッとしてしまった。
転ぶかと瞬間、春翔が小春の肩まで抱き寄せて支えた時に
春翔にも小春にも、時空を超えた何かを感じたのだ。

お互い何事もないふりをして
いつものように食事し
イベントのことに触れながら
話をした。

帰りも束の間のドライブを、楽しみ
小春の自宅前まで送った春翔。
ちょうど学校から戻った千鳥が車から降りて談笑する小春と運転席の春翔を見かけた。

(なんか、本当にデートじゃん。
ドライブデートじゃん)
まさか本当に桜井さんは
小春さんが好き?おばあちゃんなのに?
そして小春さんも?初恋の人にそっくりって言ってたよね?え?本気で好き?)
千鳥は2人に声もかけずに、少し遠くから見るだけだった


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