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小説✴︎梅はその日の難逃れ 第42話

➖千草と愁➖
月一のローランド家の訪問日は
必ず『purple cloud』へ寄る千草。
その日もカウンターで食事をする千草に、笹内が皿を拭きながら声をかけた。
「千草さん、その後、夢の計画はどうですか?」
「少しづつ進めてはいますけど、亀の歩みかなぁ?」
「まぁ、焦らずにでいいと思います。僕も店を始める時、笹内さんに言われました」と愁も言う。
「愁さんも?」
「はい。そうしたらあの古民家に出会えました」
「なるほどね」
「とは言え、愁くんも次の物件見つけたいよねえ?」笹内が言うと
「あ、すみません」
「いや、僕はまだまだ愁くんに、ここにいてもらっていいんだけどね。一度店を構えた人を、いつまでも置いておくのは勿体無いと思ってさ。良い物件見つけたいよねって話」
「なかなか納得の行く物件は見つからないもんなんですよね。私の今の施設開設の時、友達も物件探しが一番大変だったと言ってました。そこの苦労は無いんですけど、果たして我が家をうまく使えるかちょっと心配してます」との千草からの言葉に
「あ、だったら今度、千草さんのお宅見せてもらっても良いですか?施工はプロがされるんだろうけど、厨房使う立場の見方もあると発注に、役立てるかもしれません」
笹内の提案だった。
「なるほどね。また、厨房任せる方も決まってないし、それ良いかもしれませんね」
「よかったら今度の定休日お邪魔してみようか?愁くん」
「はい、僕もお役に立つなら」

定休日になり千草の自宅へ出向いた、2人。
笹内は門の前で言った。
「ほおーこれは立派な邸宅だねえ」
「思っていた以上でした」
愁もつぶやく。
「だよね。じゃあ」
笹内が呼び鈴を鳴らすと
インターホンから千草の声が聞こえる。
「はーい。お待ちください」

出てきた千草は2人を、早速庭と離れに案内し、母屋の応接室に通した。
「いやはや、立派な邸宅で驚きの連続でした」笹内は言った。
「ありがとうございます。私もちょっと自慢の我が家なんです」
「この応接室も広くて本当に素敵ですよね。建具も調度品も全て。そう全て」
愁も褒めあげる。
「あははは、愁くん、ベタ褒めだね」
笹内も笑う。
「でも、本当に素晴らしい。ここで暮らす千草さんが羨ましいし、ここを残したい気持ちもすごくわかります」

一服する間も、愁は応接室をくまなく眺めていた。その後笹内と愁は厨房に案内された。

笹内は厨房を見て言った。
「元々専属の料理人が使っていただけあって、古いけど動線はいい感じだから、間取りは変えなくても良いですね。器具だけ新しくすれば問題ない。大幅なリフォームは必要無いと思います」
千草もそこは安心できると喜んだ。
「費用かかるかな?って思っていたけど、見てもらってよかったです。安心しました。厨房の隣の応接室も私達は使わないので、食堂にしてもいいかな?と思っています」
「なるほど」愁は応接室と厨房を行ったり来たりしていた。
その後2人は、米村家を後にした。

次の日『purple cloud』で開店準備をしていた笹内が言った。
「愁くん、千草さんのお宅よかったよねえ」
「ええ、想像以上で」
「でね、僕考えたんだけど」
「はい」
「あの応接室、cafeで使わせてもらうのはどうだろうか?」
「愁くん、べた褒めだったし、あの場所でカフェできたらいいよね」
「それは思いつかなかった!」
「千草さんに相談してみてはどうかな?」
「それにケアホームの方の調理人も決まってないって言ってたし、カフェと料理人とやるって言うのは?あのくらいの規模のところなら、そんなに調理スタッフは大勢必要ないし、ここでやってきたユニバーサルな料理の知識も役に立つんじゃ無いか?」
「なるほど」
「一気に大変にはなるけど、愁くんさえチャレンジする気持ちあれば、千草さんに相談してみても良いんじゃないかな?」
「思いつきもしなかったです。でも僕としても良い考えに思えます」
「これも縁ってことかもしれないね」
「はい」

愁の頭の中で、色々回り出した。
それもワクワクする気持ちで。

米村家の朝食で皆で梅干しを食べながら小春が声をかける。
「さぁ、今日も難逃れしたわね」
千鳥も「今日から就活始まるから入試の時の様に失敗しないよう、梅干し食べてがんばります」
「はい。頑張って」
千草も千鳥の肩を叩くと電話が鳴った。
「もしもし米村です」千草が電話に出ると
「もしもし笹内です。千草さんですか?」
「はい。先日はどうも」
「こちらこそ、朝からすみません。今大丈夫ですか?」
「はい、何かありましたか?」
「まずは電話で話しさせていただきたくおせっかいではありますが」

この後、愁も話に加わり米村家でカフェを開く件や料理人もとの話をした。

とんとん拍子でこの話は進み、厨房のリフォーム後、すぐ米村家の応接室をカフェ『AKBONO』としてオープン。
元古民家のカフェ『あけぼの』からも遠くない場所であり、駅から5分のこの場所は、あの頃の常連たちもすぐ戻ってきた。
その上新規の客も増え、瞬く間に人気のカフェになっていった。


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