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小説✴︎梅はその日の難逃れ 第23話

今日も昼休みの教室には
千鳥と駿太郎が居る。

同じ部活をしていても
特別親しくなったわけでは無い。
特に千鳥は、男子と話をするのが
苦手だし、お互い最初から空気の様に
同じ教室にいる感じだった。

宮下駿太郎。

彼は小学生の頃から、地域の少年野球に
入団し将来は甲子園に行くのが夢。
そして勿論、憧れはプロ野球選手だ。
真っ黒に日焼けした顔と坊主あたまの
駿太郎は、甲子園出場経験もある
この高校に入学を決めた。
スポーツ推薦でも良かったのだが
普通に受験をして合格を勝ち取った。

ところが、入学式目前の春休み。
肩慣らしのために、キャッチボールでもしようと、同じ高校に入学予定の同級生と、誘い合って河原へ向かう途中
信号無視の車が駿太郎の自転車にぶつかって来た。
命には別状はなかったが、膝と肩を骨折してしまったのだ。

入学式には、入院していて
出席できなかった。

怪我は治ったとしても
趣味程度なら良いが
本気で野球を続けるのは
難しいと医者からも告げられた。

「バチが当たったんだ。
スポーツ推薦にしなかったのは
もし怪我でもしたらって
考えてしまったから……。
本気ならそんな事考えず
ひたすら野球をやる為に
入学するべきだった」
駿太郎はそんな思いを抱えながら
入学式1週間後に登校する事が出来た。

校庭の先の野球場では
野球部の練習も既に始まり
窓から聞こえるかけ声やバットに当たる球の音。
グローブやミットに球が収まる音。
自分がそこに居られない事に
居た堪れなくなる。
強豪校なので、当然昼休みも
野球場では練習をする部員たち。
いつしか昼休みも、弁当を食べた後は
机に突っ伏する駿太郎だった。
イヤホンの大きな音で音楽を聴いて
野球部の音をかき消していた。

ふと気がつくと、いつも教室にいる女子が居た。やはり机に座ったままボンヤリと校庭を見ていたり、本を読んでいたり、教室に2人きりなのも何だか気恥ずかしい気もするが、自分は行く場所も無い。

そろそろ部活を始める時期に来たけれど、当然野球部以外に考えていなかった駿太郎は、もはや帰宅部か?と思っていた。だが高校3年間をただ無意味に過ごすのも悔しい。
そんな時、いつも教室にいる女子が
やけに目立つ女子生徒と話していた。

「ドリちゃん、今度一緒に演劇部入ろう」よく通る声で話すので、嫌でも内容が聞こえてきた。
それに対していつもの女子はボソボソと何か返事を返していた。

「ちょっとそこの男子!君は部活決まってる?その坊主頭は野球部かと思ったけど、違うんだよね?何部?サッカー?」女子生徒が声をかけてきた。
「いや、俺は別に何も。決めてないし、帰宅部になるかも」
「え?だったら演劇部来ない?」
「なんで」「今存続の危機なのよ。特にさ、裏方募集中」
「裏方?」「そう、役者希望は多いけど、裏方やる人少なくてさ」
「そういえば、うちの高校演劇部、結構有名だったっけ?」
「そ、俳優さんになった先輩もいる!役者に興味なくていいのよ。むしろ役者希望じゃない人募集!」
「へえそうなんだ」
「どう?ドリちゃんもさ、目立つの嫌いだって言ってたからどう?どう?」
「私は……」
相変わらず、消え入りそうな小さな声で何かを話していたあの女子。

結局、駿太郎とあの女子(米村)は
演劇部のスタッフ限定で入部することになった。

駿太郎はなんの因果か
野球部のつもりが
全く重ならない文化系の部活をすることになった。

「まぁ、野球部の奴らとすれ違うことも近くで活動する事も無いから
気持ちは楽だ」そう思った。

野球部への思いは月日の中で
薄れていき、少しづつ
演劇部でのスタッフ仕事も悪くないと思うようになっていった。

駿太郎は音響係になった。

野球を諦めなくてはいけなくなり
笑顔もなくなった彼を
母親はとても心配しているのをわかってはいた。
だから何とか部活をやるようになった彼の姿に、母親も喜んだ。

ある日、弁当箱を台所に持って行った時に母親は駿太郎に尋ねた。

「駿ちゃん、部活って何始めたの?」
「あ、演劇部」
「え、演劇?」
「そう」
「なんで?」
「なんかわかんないけど、誘われたから」
「へえ。役者とかやれるの?」
「ちげーよ。裏方。音響係!」
「あら、そうなの?そんなのに興味なかったのにね」
「野球バカだったのに、って意味?」
「違うわよ。でも血は争えないわね」

実は彼の父親が、コンサートやイベントの音響の仕事をしていた。

父親の仕事に全く興味を持っていなかったから、どんな事をやっているかは知らなかった。

「駿ちゃん、今度お父さんの仕事を見せてもらいに行ってみれば?」
「えー。やだよ」
「勉強になるじゃない」
「小学生の“働くお父さん調べ“かよ」
「いいじゃないのよ。お父さんも喜ぶんじゃない?」

確かに何の知識も無くて
先輩に教わった通りやってるだけだが
プロの父の仕事にも、少なからず興味が湧いてきた。
たかが高校の演劇部だけど、どうせやるなら役に立ちたいとも思った。

野球も個人プレーのようでやっぱり
チームプレーも大切で
演劇も役者だけで無く裏方との
チームプレーなんだなと思い始めた所だった。

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