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小説✴︎梅はその日の難逃れ 第20話

凛はコーヒーフロートの
バニラアイスと小豆を
スプーンで混ぜながら言った。

「じゃあ、春くん」
「なに?」
「私の願い聞いてくれたら
他の大学とか考える」
「なに?どういう事?」

ストローでコーヒーを一口吸い込んだ凛。

「春くん。私の彼氏になって……
そうしたら他の大学でも良い」

豆鉄砲食らった顔って
こんな顔なんだと思うくらい
驚いた顔で、凛を見つめる春翔だった。

小声ではあっても、静かな店内では
凛の声は嫌でも耳に入ってしまう。

マスターも聞こえないふりをしていても、トマトをスライスしながら横目で凛達のテーブルに目を向けてしまう。

サンドイッチを注文した
小春は、意味もなく
近くにあったグリーンに手を伸ばしてみた。

春翔は微笑みながら
「なに冗談言ってんだよ。自分の人生なんだよ。もっと考えなきゃ」

その時凛の目からポロッと
滴るものが光る。

春翔は慌てるが、声も出なかった。

「そう、冗談。花粉症かな?目が痒くて涙出た。ここのカフェ、アレルギーの葉っぱあるのかな?」
ストローで一気飲みして凛は立ち上がる。
「凛」
春翔は凛の手を掴もうとしたが
するりと抜けて
「ゴチでいいよね!じゃあね」
と言って店の出口へ走って行く凛だった。

立ち尽くす春翔。

マスターも小春も
目を合わせて黙っている。

春翔は凛を追いかける事ができなかった。
追いかけたところで、真意を問うたところで、どうしていいかわからなかった。
そのまま席に着いてしまうと
マスターが声かける。

「凛ちゃん、好意を持っているの
わかってたんだろう?春翔くん」
「薄々は。でもいとこですし、妹みたいなもんだからそういう感情
僕は持てませんよ」
「良い子だけどね。難しいね」
マスターも答えた。
「それに僕、今好きな人いるんです」 
春翔の言葉に
マスターも小春も思わず、春翔の顔を見た。
「片思いなんですけどね。告白も出来ませんが」
「あら、そうなの?春翔くんに想いを寄せてもらえるなんて、素敵ね」
小春が言うと
マスターがサンドイッチを
置きながら
「へえ。春翔くんの好きな人ってどんな人?大学の後輩とか?」
「いえ、違うんですけど
とてもチャーミングで、一緒にいると心安らぐん人なんです」
「それなのに、告白も出来ないって?」
「僕に勿体無いくらい素敵な方だし、僕が告白したところで受け入れてはもらえないと思います」
「それはちょっと悲しい片思いね」
つい小春も口を挟んだ。
「でもね。私も若い頃叶わぬ恋をしたけれど、いまだにその気持ちは消えないものよ。時期が来たら想いを告げられたらいいわね。後悔ない様に」
小春もまた千登勢の顔を思い出していた。

放課後の学生たちが
ゾロゾロ入ってきて
にわかに賑やかになった『あけぼの』の店内。
「さあ、そろそろ行こうかしら」
小春がレジへ向かう。

「あ、僕が会計やっておきます」
春翔がマスターに声かけた。
「ありがとう。頼むよ」
レジのすぐ横にある植木鉢を見た小春が声をかけた。
「この小さな紫色のお花ついてる鉢。
これは何かしら?」
春翔はすぐに
「これはローズマリーですね」
と答えた。
「あ、お料理に使うのだったかしら?」
「そうですねブーケガルニの一つです。肉の臭みをとったりしますね」
「こんな可愛いお花を付けるのね」
「はい。料理にも使えますが
他にも効用あるんですよ。ハーブなので、香りもありますし」
「では、これ頂こうかしら?」
「ありがとうございます。じゃあ
僕も帰るのでご自宅までお持ちしますよ。ちょっと鉢は重いので」
「あら、いいの?ありがとう」

小春と春翔はあけぼのを出た。
祖母と孫にしか見えない2人の
微笑ましい姿をマスターは見送った。

「悪いわね。時間大丈夫?」
「大丈夫です。今日は凛としか
約束してなかったし。帰ったら
レポートを書くくらいなので」
「そう。ありがとうね」

「さっき話してた、ローズマリーの効用なんですけど」
春翔が言った。
「うんうん。それって何?」
「ローズマリーの抽出液を使って化粧水が作れるんですよ」
「へぇ。そうなの?」
「はい。美肌とか今風にいうと
アンチエイジングってやつです」
「あら、気になるキーワードね」
「小春さん女子力高いですね」
「おばあちゃんでも女子ですから」

ローズマリーから作る
「ハンガリーウォーター」と言うのがある。
これにはこんな逸話があった。

中世ヨーロッパ時代、ハンガリー王妃は70歳と高齢であったため、リウマチを患い治療のため使用していたハンガリーウォーターを気に入り体に塗ったり、そのまま飲んだりとして使用したところ、リウマチが治り、みるみる若返り、隣国の20代のポーランドの王子に求婚されたとの伝説がある。
「若返りの水」とも言われていた。

その話をしながら歩いているうち
小春の家の玄関先に着いた。

「そのハンガリーウォーターって、この鉢の葉でできるの?」
「ええ。ネットで検索するとレシピとか出てくるんじゃないですかね?」
「そう、今度探してみるわ。さぁ、着きました。送ってくだってありがとう」
「いえ、僕も束の間のデート楽しかったです」
「さっきのお嬢さん。凛さん?ちょっと心配ね。なるべく早く
連絡してあげた方がいいわ。
他人じゃないんだから、拗らせちゃダメですよ」
「はい。わかりました」
鉢を玄関に運んだ春翔に
小春は
「春翔くん、梅干しまだある?
良かったらまた、持っていく?」
「え?良いんですか?やったあ!」

「今度空き瓶、持って来てね。
いくらでも分けるから」
「はい。ありがとうございます。
僕の明日からはラッキー続きになりそうです」
「何?それ」
「梅はその日の難逃れです」
「あぁ、そういう事ね」 

梅干しをいっぱい詰めた瓶を
自転車のカゴに入れて、走り出す春翔。
「よし、帰ったら凛に連絡しよう。
梅干し食べれば上手くいく気がする」
信号待ちで、カゴを見ながら
そう思った。

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