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小説✴︎梅はその日の難逃れ 第41話

それぞれのその後


➖春翔➖
春翔はイベントを無事終わらせてまもなく、和歌山の「ガーデン・リバー」と言う造園会社に就職し移り住んだ。
木杉ガーデンで職人だった「川原」が生まれ故郷、和歌山に戻り「ガーデン・リバー」を起こした。春翔はいずれ木杉ガーデンを継ぎたいと思っていたし、千登勢も春月も無理強いはしていなかったが、望んではいた。
そこで、千登勢が一番頼りにしていた川原のところで、修行させてもらうことになった。
川原も、お世話になった千登勢からしっかり鍛えてもらった技術と造園への想いを、春翔に伝えたいと快く引き受けた。
和歌山の会社では寮が用意されていたが、アドベンチャーワールドからほと近く、春翔としては、慣れない土地ながらパンダに頻繁に会えることは幸せだった。

ある日、皆で仕事現場へ向かう車中、助手席の春翔へ
「桜井くん、こっちの暮らしは慣れたかい?」社長が聞く。
「はい。一人暮らしにはようやく慣れてきたところです。家事とか自炊は、実家暮らしであんまりやってこなかったので、自炊とか言うほど出来てませんが」
「そうかい。仕事も結構きついから、帰ったらバタンキューなんだろ?飯はコンビニ弁当か?」
「まぁそうですね」
「ははは、正直だな。休みの日とかどうしてるんだい?」
「あー。実は僕パンダが大好きで、休みは専ら、アドベンチャーワールドに通い詰めてます」
「あははは。それは近くていいな。男のパンダ好きは珍しいと思っていたけど、櫻井くんもか。実は、おっさんだけどパンダにメロメロな俺の知り合い居るよ」
「男性では確かに、僕の周りにも少ないです」
「うん。パンダ好きのサークルやってる奴で、『湯浅』ってやつなんだけど。会のリーダーで、奴のやってる店、『居酒屋 笹の葉』でよく仲間が集まってるらしいよ」
「あ、笹の葉!寮の割と近くにありますよね?ネーミングが気になってました」
「今度一緒に行ってみるかい?」
「はい!是非!」

後日、社長に橋渡しをしてもらって以来、春翔も夕飯を食べに行くなど『笹の葉』の常連になった。

知らない土地ではあったが、パンダのおかげですぐに知り合いも増え、休日はパンダ三昧。
そしてパンダの写真を千鳥に送ったりしていた。
和歌山は南高梅で有名だが、時折小春さんの梅干しも、頼んで送ってもらっていた。ここでもいい人たちに巡り合い、楽しく過ごさせてもらっているのも、きっと小春さんの梅干しのおかげだと思っている春翔だった。

➖失恋組➖

凛は猛勉強の末、難関大学に合格した。人目を引く容姿は入学早々、校内の話題になった。
また、頼まれて木杉ガーデンの広告に出たことがきっかけで、雑誌の読者モデルの声もかかった。
最初は断ってきた凛であったが、学業に差し支え無い様にするからと説得され、少しだけならとモデルの仕事もする様になっていた。

大学に入ることが目的になっていたせいもあり、その先の夢も具体的には無く、闇雲に色々な資格を取る日々。
「何のためにやってんだか。暇つぶしみたいなもんだよね」
凛は自分でも思った。
資格の勉強をしていれば外野の煩わしい声も聞かずに済む、下手にショッピングなどで街歩きしていても声が掛かるし、それをかわしてカフェでお茶しても、知らない人が声をかけてくる。でもそんな時に勉強していれば流石に声をかけてくる人もいないのだ。
モデルの仕事も適当にやっている感じだ。

いつもモデルをしている雑誌の主催で、企画されるライブイベントがあり、そのMCをやってくれないかと、オファーがあった。
最近よく聴くバンドも出るし、ただの興味本位で引き受けてみた。

「どうせ、台本通りに読めば良いんだし、適当にやれば良いよね」
凛はそう思いながら現場に行った。
最近は「適当に」が口癖になっているみたいで、このままで良いのかと思い始めている凛だった。

現場についてみると、たくさんの人がテキパキと準備をしている。
バンドも何組か出ていて、リハーサルも始まっていた。
コードを運ぶスタッフとぶつかってしまった凛に
「ちょっと!危ないから、向こう行って」とその人に怒鳴られた。
現場は殺気立っている。
一通り出番が済んでMCブースから
降りた時に、キャップを被ったスタッフに見覚えがあった。
「さっき、私がぶつかったスタッフだ」凛はそばに行き、邪魔になってしまった事を謝ろうと思った。
「あ、あの。先程はすみませんでした」凛が頭を下げた後、顔を見たそのスタッフが言った。

「木杉!俺だよ!」
キャップを取ったスタッフを見て
すぐには思い浮かばない凛。
「俺だよ、俺!宮下駿太郎!」
「え?え?高校の時一緒の?」
「そう!」
「演劇部の?」
「そう!」
「えー髪が長い!」
「当たり前だろ。何年経ってると思ってんだよ」
そこには髪を後ろで束ねて
アッシュカラーの駿太郎が居た。
坊主頭の駿太郎とは、気がつくわけもない。
「宮下くん、ここで何やってんの?」
「何って、俺音響スタッフだよ」
「仕事してんの?」
「まだ専門学校出たばっかりだけどね。親父の会社の仕事手伝ってる」
「へぇ!そうなんだ」
「え?じゃ、私って気がついてたんでしょ?さっきぶつかった時」
「当たり前だろ、今や読モ界隈では有名じゃんか」
「なんで声かけてくれないの?」
「開場前は忙しんだよ。懐かしむ時間なんてないの」
「そりゃそうだけど」
「あ、また、そろそろ次のバンドの演奏準備だから、じゃ!」
駿太郎は駆け足で、スピーカーの間をすり抜けて行った。


イベントは無事終わり、雑誌の取材やテレビ局が、凛を取り囲んでのインタビューなど始まった。
機材を片付ける中に、あの駿太郎のキャップも見え隠れした。
しかし、その後に凛と駿太郎は顔を合わすこともなかった。

凛は駿太郎の連絡先が分からなかったが、イベントの企画書に音響の業者名が入っていたので、そこに連絡をしてみた。
「あの、そちらの会社で宮下駿太郎さんという方、いらっしゃいますか?」
「宮下駿太郎?あ、あいつかな?どちら様?」
「あ、木杉と申します」
「ちょっと待ってね」

『おーい宮下!お前、駿太郎って言うの?』『あ、俺です!』
電話の向こうの声が聞こえた。
『木杉さんって女性から電話!』
『え?』
慌てて机の角に太ももをぶつける駿太郎。
『お前、何動揺しての?』『女性からで慌ててんじゃねえよ』
『ち、違いますよ。痛え』
何人かの笑い声が聞こえた。

「はい。宮下です」
「あ、木杉です。凛です」
「はい、いつもお世話になっております。ただいま取り込み中なので
後ほどかけ直して頂けますか?」
「え?宮下くん。私、凛だよ」
よそよそしい言葉で話す駿太郎に戸惑っていた凛。
「では番号は090の⚪︎⚪︎……です。後15分ほどしたらお願いいたします」
すぐに電話は切られた。
凛は仕方なく15分後に言われた番号にかけ直した。

「もしもし」
「はい。宮下です」
「木杉です、凛です」
「わかってるよ」笑いながら答える駿太郎に
「ごめん。会社に電話しちゃって」
「別にいいけどさ。なんで知ってたの?」
「この前のイベント企画書、私も渡されていたから」
「あ、そういう事か」
「あの時あんまり話せなかったし、なんだか懐かしくて一度会いたいなあって思って」
「木杉さ、お前もう素人じゃないんだから、男に電話とかしてくるのまずくない?」
「あっ」
「まだ大学生だけど、芸能人寄りなわけだし。気をつけろよ」
「あぁ。私」
「まぁ、いいよ。会社の人には適当に言っておくから。さっきの電話は会社の人もそばにいるから、話し聞こえちゃうし」
「そうよね.そうよね」
「ハイスペックキャラなのに、意外だな」
「なんか、高校生の時に戻っちゃうのかな?」
「かもな。まぁ、俺の番号もわかったからいつでも連絡してきていいけどさ」
「うん。ありがとう」
「他に、演劇部の奴らとか会ったりしてんの?」
「ううん。私、友達居ないし」
「え?いつも取り巻き連れて楽しそうにしてたじゃん」
「あの時の友達は、私が受験勉強してる間に離れて行っちゃった。大学入ってからも、友達が出来なかったし」
「なんだそれ。大学でなんで友達出来なかったんだよ」
「入学してすぐ、男子学生の人気投票とかで選ばれちゃって、男子は声かけてくれるんだけど、女子は遠巻きで見るだけで、近寄ってくれなくて……」
「そうなんだ……。華々しく見えても色々あるな」
「だから、本当はモデルとかやりたく無かったけど、勉強以外学校にいても遊ぶ友達居ないし、資格取る勉強したり、モデル仕事したり適当に過ごしてたの」
「米村とは連絡取ってない?あいつ俺と同じ専門学校目指してたんだけど、入れなくて違う学校行ったんだよ。映像関係の学校出て、就職したみたいだよ。木杉が後押ししてくれたからって言ってた」
「ドリちゃん。頑張ってるんだ。すごいなあ」
「連絡先程知らないの?」
「スマホ水没させて、データ消えちゃったの。どうせ連絡してくる人も居ないしと思って、最低限の人としかやり取りしてない」
「意外にドジなんだな」
「うるさいなぁ。もう!」
「ははは。多分LINE変わってないはずだから、俺の教えとくから後で米村の教えるよ」
「ありがとう!連絡してみる!」

凛は、早速千鳥に連絡をしてみた。
久しぶりに会う約束ができた。

「ドリちゃん、久しぶり!」
「凛さんもお元気そうで、雑誌で何度か見たよ」
「ああ、そう」
「すごいよね」
「すごくないよ。楽しいわけじゃないし」
「え?でもすごく素敵な笑顔で写ってるよ」
「作り笑いっ言うやつ」
「そ、そうなの?」
「それよりさ、ドリちゃんはあれからどうしてたの?」
「ああ、C &Dは試験落ちちゃって、宮下くんとは違う学校に行って卒業した」
「残念だったね」
「うん.試験の日寝坊してさ。朝ごはんも食べずにギリギリで会場着いたけど、パニクってたせいか、わかりやすい問題も間違えて落ちたよ」
「え?じゃあ小春さんの梅干し食べなかったの?」
「うん、時間なかった」 
「そっかぁ。私、受験日しっかり食べさせてもらって、お陰で合格できました。小春さんにお礼言っておいてね」
「凛さんもげん担いだの?」
「だっておじいちゃん直伝だもん」
「ふふそうね」
「宮下くんも食べたって言ってたよ、イベントの時買った分」
「そうなんだ。じゃあみんな小春さんのおかげだ!ふふふ」
「肝心な孫が食べないなんてねぇ、ふふふ」
二人で、久しぶりの語らいではあったが
楽しく過ごせた。

「ねえ、ドリちゃん」
「なに?」
「失恋組の約束まだ守ってる?」
「うん。て言うか好きな人できないし
恋してる暇ない」
「だよね。私も結局モデルだからとか
って寄ってくるやつは
ろくなやついないし、一生独身だったら老後はドリちゃん一緒に暮らそ!」
「ええ?そこまでは考えてないけど」
「まぁ.そっか。とにかく、時々私とあってご飯したりしてくれる?」
「もちろんだよ」
「ありがとうドリちゃん」

会ってみると、千鳥の方は高校生の頃の自信なさげな弱々しい感じはなくなり控えめながら、芯のしっかりした女性に感じられた。
夢に向かって頑張る千鳥が、キラキラして見える。
凛は嫉妬すら感じた。

千鳥の成長ぶりをみるにつけ、凛自身は、成長どころか退化していると感じた。

もう、モデルも辞めてしまうか?
学校も退学しようか?そんな事をふと思ってしまった凛だった。
目的もなく何のための勉強かもわからないと、生きていくのさえつまらないと。
そんな思いで駿太郎に電話をかけた。
千鳥と会った話をしながら
つい口走った凛の言葉に
「木杉、何言ってんの?今までの努力無駄にするのかよ。あの猛勉強は?モデルだって、人から求められてできる仕事なんてそうそう無いんだぜ。
生きていく上で、めんどくさいとか大変だとか当たり前。もうちょっと頑張ってみなよ」
「宮下くんも大人だなぁ。私なんて甘えてんのかな?」
「まぁ、そうやって弱音吐ける奴もそれはそれで必要だよ。我慢はダメだ。オレはいつでも聞いてやるから」
「やっぱ大人だ、宮下くん」
「あははは、社会に出たのが少し早いだけの話さ。まだまだオレも父ちゃんに甘えて仕事してるよ」
「でも良い仕事できてるんでしょ?」
「まぁな、野球諦めた時に苦しい思いした分、人生の経験値あげた感じだな」
「人生の経験値か」
「ゲームのレベルアップと、変わらないけどな、ははは」
凛は駿太郎の言葉に、もう少し頑張ってみようと思えた。

その後、駿太郎からのLINEに
ある少女のSNSの書き込みのスクショが届いた。

それは受験に失敗し、絶望的になっていた少女が自殺しようとビルの屋上に登った。
その時反対のビルの屋上に、木杉ガーデンの広告で、植物に囲まれた凛が微笑むものだった。そこには『たとえ、どんなあなたでも自然《わたし》はきっと受け止める』と書いてあった。
親や周りの人からも期待されての受験に失敗し、ひどくがっかりされ自分の価値はなんだったのか?と思っていた。合格できない自分は生きる価値さえない様で、誰からも受け入れてもらえないと、思い込んだ。少女は凛の笑顔に、なんだか励まされたように感じた。
凛も猛勉強したと、ある雑誌の取材記事で知って、凛は少女の気持ちをきっとわかってくれる人だと思う事が出来た。それがあって浪人生活が頑張ることが出来、翌年無事、志望校に合格出来た。『わたしの命の恩人でもある。木杉凛さんの大ファンです』との書き込みだった。

モデルを始めた頃「エゴサは、やめた方がいい。大体ネガティブな情報ばかり目にするから」と仲間に言われ、やらずに居た凛だったので、そういう書き込みを知ることもなかった。

こんな自分でも、誰かに夢や勇気を与えられるのだと気付き、大学を卒業後はモデルからタレント、女優へと活躍するようになった。
取得したたくさんの語学や専門知識の資格が、女優をやる上で色々な役の参考になりオファーも絶えない人気女優へなっていった。


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