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【つながる旅行記#161】高台からの景色と謎の物体【舞鶴引揚記念館】

前回は舞鶴引揚記念館でシベリア抑留について学んだ。

舞鶴はそんな引揚者を受け入れた場所の一つだったのだ。

そして、その受け入れの舞台がまさにこの舞鶴引揚記念館の近くにあるらしい。

今回はそれを見に行こう。

気づけばもう12月。

山も良い感じに色が変わっている。

道にはシベリア抑留関係者のものと思われる植樹が。

よく見るやつ

もうすぐ高台だ。


望郷慰霊之碑
平和の群像

広場にはモニュメントがいっぱい。

説明書きもあった。
ちょっと読んでみよう。

ここに書いてある文章を見ると、なんと舞鶴は13年もの間、引き揚げ事業を行っていたらしい。

舞鶴での引揚者の総数は66万4531人。そして1万6269柱の遺骨。
あとは3万2997人の送還者

「57万人のシベリア抑留者より多くね?」と思った自分だったが、それもそのはず。そもそも引き揚げというのは軍人だけの問題ではない。

戦後は多くの民間人外国に取り残されたままになっていたのだ。
そして相当に大変な思いをしていた。
勉強もせずに語るのはあれなので、ここでは深く語らないが。

そういう人も含めて日本に帰国させるのが引き揚げ事業なのだ。
最終的な総数は630万人にも及ぶ大事業だったのである。

送還者というのは、海外で暮らす中で出来た外国人妻などを連れてきてしまった場合に送還されたりしたとかそういうことらしい。

高台からの景色は素晴らしいものだった。

あの舞鶴クレインブリッジの奥辺りから引揚船が入ってきて、みんなが歓喜の声を上げた風景が想像できる。

では、ちょっと右手側を見てみよう。

もうすっかり木材の加工場になっているが、あの辺りがかつて引揚援護局があった場所だ。

ジオラマより

そしてあの橋の辺りから、引揚者たちが日本に戻ってきたというわけだ。


どうやらこの橋は平成6年に屋外資料として復元されたものらしい。

これは確かに大事な資料かもしれない。
これがなかったら現地での感じ方のレベルが変わりそうだし。

そしてさっきから海上の謎の物体が気になって仕方がない。


謎の物体

するとさっきの看板にちゃんと解説があった。

※海面に規則正しく浮漂しているのは、ベニヤ板の材料となる木材を係留する杭で引き揚げとは関係ありません

まさかこんな関係ない解説までしてくれるとは……

前回の杖といい、本当に気が効く。


いやはや、素晴らしい景色も見れたし、勉強にもなった。

本当に来てよかったな……。

では、かまぼこ手形を使って市街地まで帰るとしよう。

料金を気にしないで済むこの感覚、すごく良いぞ。

む……?


14時17分

……なるほど。

次のバスは3時間後らしい。


・・・


……歩くか。


※なんとか帰りました。



そんな感じで次回へ続く……


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