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『スーツ=軍服⁉』(改訂版)第102回

『スーツ=軍服⁉』(改訂版)連載102回 辻元よしふみ、辻元玲子
 
※本連載は、2008年刊行の書籍の改訂版です。無料公開中につき、出典や参考文献、索引などのサービスは一切、致しませんのでご了承ください。

③金属製のトランク

月に行った「ゼロハリ」と、ドイツ空軍仕様の「リモワ」

金属製のトランクといって、多くの人がすぐに思い浮かべるのは、アメリカのゼロ・ハリバートンだろう。一九六九年に人類初の月面着陸を成し遂げたアポロ十一号クルーが携行した事で有名だ。月面の石などの標本を持ち帰るのに、ゼロハリのケースが使用されたのである。
一九三八年、米エネルギー企業ハリバートン・エナジー・グループの創業者アール・P・ハリバートンが頑丈なジュラルミン製のケースを作らせたのが発端。石油採掘業で成功したハリバートンは、広大な製油所をトラックで駆け回って指揮するにあたり、書類がくしゃくしゃにならない特製のケースを欲したのである。
後にZERO社がハリバートンの鞄部門を買収しゼロ・ハリバートンと名乗った。
「ゼロハリ」の金属製ケースにはライバルがある。一八九八年創業のドイツのリモワ(RIMOWA)だ。究極の耐久性を誇るハリバートンと違い、むしろ金属がたわむことで中身を守るという考えが徹底している。同社は第二次大戦中、ドイツ軍向け金属コンテナを開発したが、この際、当時としては最先端の技術だった全金属製航空機のデザインを採用した。ドイツの航空機メーカー、ユンカース社の製造した旅客機ユンカースJU-52の機体や主翼に施されたウネ状の構造である。
本機が出現した一九三〇年代初め、いまだ世界の航空機の機体は、金属製骨格に布を張る羽布張りが一般的だった。しかしJU-52は、ウネ状加工があるために、軽く強靭とされ、後の第二次大戦でも爆撃機、輸送機として最後まで大活躍した。神聖ローマ皇帝マクシミリアン一世が、ウネを施すことで軽量化に成功した十六世紀ドイツの甲冑マクシミリアン・プレートを想起させる話で、そもそも発想の原点もこのあたりにあったのかもしれない。
リモワのケースにはすべて、このドイツ空軍機ゆずりのウネ状構造が施されている。軽くて、衝撃にも中身を損なわない。いかにもドイツ的な製品である。


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