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金枝糸篇

 物心がついた頃には、それはいつも僕の視界の中にあった。
 その色のついた糸は、人の頭の先から真っ直ぐに空へと伸びていて、天井や空に向かって消えていく。糸の色はひとりひとり違っていて、似たような色はあるけれど、全く同じ色の糸は見たことがなかった。太さも人によって細かったり太かったりする。
 それは指で触ると、硬かったり、柔らかかったりする。伸びるものもあれば、鉄みたいにカチコチなのも。ただし糸は指でないと触れられない。おはしやスプーンだとすり抜けてしまってどうにもならなかった。
 おまけに、これは僕にしか見えない。
 そうだと気づいたのは幼稚園の頃で、お母さんに頭から伸びる糸のことを話すと、なんのことか分からないという顔をされてしまった。お友達にそのことを話してみても、やっぱり変な顔をされて「うそつくなよ、お前」と怒られた。
 他の誰にも見えないのだと思うと、なんだかとても寂しい気持ちになったけれど、もしかしたらいつか糸のことが見える友だちに会えるかもしれない。
 僕が小学生になったばかりの頃、おじいちゃんが死んでしまった。おじいちゃんの糸は濃い灰色で、昔はとっても頑丈な太い糸だったのに、病気で入院してからみるみる糸が細くなって、どんどんくすんでいった。そうして、おじいちゃんが死んでしまうと、ぷつり、と糸が切れて、体から白い小さな光の玉のようなものが吊り上げられて、黒い穴のようなものの中に吸い込まれた。穴は音もなく閉じると、それきり現れなかった。まるで、何処かに繋がっているみたいだ。
 その時、僕は糸はあの穴の中から伸びているのだと知った。
 あの穴はなんなのだろう。その先には、なにがあるんだろうか。

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