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嗣人
2018年7月30日 21:12
通筋町を南北に流れる、近衛湖疎水を歩いていた時のことだ。 その日は朝から針のように細い雨がしきり降っていて、薄い窓ガラスを刺すように叩いた。私は雨の日は必ず午前中の講義を休むことにしている。そうして、ぼんやりと疎水を沿って歩いて散歩を楽しむ。それが無趣味な私の数少ない楽しみだった。そうして、ぼんやりと傘をさして雨道を歩いていると、不意に疎水の中を泳ぐ何かが見えた。立ち止まり、目を凝らすと、
2018年7月30日 21:15
幼い頃、祖母の家で遊んでいた私は手鏡を割ってしまい、砕けたガラスの欠片によって左目を失った。 あまりに幼かったので、私自身は何も覚えていない。 指で瞼の内に触れると、乾いた肉の感触だけが返ってくる。眼窩の中には何もない。時折、乾いた肉が痒くなることがある。そっと指を入れ、優しく掻くと奇妙な気持ちになった。 ありもしない、左目でしか視えないものがある。 それは決まって、鏡の中に棲んでいた
2018年7月30日 21:19
今から三年ほど前のことだ。 当時、私は熊本県の某中学校の教師をしていた。 私が赴任したのは宮崎県にほど近い片田舎で、全校生徒の数が百人にも満たない小さな学校だった。 東京で生まれ育った私にとって九州に引っ越すことは不安に満ちたものだったが、村の人々は余所者の私にとてもよくしてくれた。炊事の不慣れな私に食事を差し入れてくれたり、近所での会合に誘ってくれるなど、細やかな心遣いが本当に嬉しかった