American Football / American Football (LP3)
6年前の2014年、アメリカン・フットボールの1stアルバム『アメリカン・フットボール』――通称『LP1』が15周年を記念してリイシューされると、販売元のレーベル〈Polyvinyl〉のサイトには購入を求めてアクセスが集中し、サーバーがダウンする事態を起こしたという。当時、解散からすでに14年。かれらが活動していたのは90年代の終わりのわずかな期間にすぎず(※1997年から2000年まで)、その間に残した作品は、件のアルバムと同じくセルフ・タイトルのEP一枚のみ。にもかかわらず、かれらの音楽は解散した以降も時代の流れに埋もれることなく聴かれ続け、この20年近くにわたり折に触れてインディ・ロック・ミュージックの文脈と照らし合わせられることで、その評価や価値を確かなものとしてきた。そのリイシューと同年に実現したかれらの再結成とは、そうした熱心なファンベースの後押しがあってこそのサプライズであったことは言うまでもない。
アメリカン・フットボールについて語ること。それはすなわち、「エモ」や「ポスト・ロック」と後に呼ばれることになる音楽について語ることにほかならない。その所以とは、かれらのサウンドはもちろん、メンバー個々のキャリアや音楽的なパーソナリティと、それを育んだ地元シカゴ(※結成地は同イリノイ州のシャンペーン)のミュージック・コミュニティの風土に拠るところが大きい。そして、バンドの中心人物であり、同地のコミュニティを代表するひとりであるマイク・キンセラ(Vo/G)の足跡とは、アメリカン・フットボールが「エモ」や「ポスト・ロック」において担った重要性について考えるうえで格好のサンプルと言える。
アメリカン・フットボールのオリジナル・メンバーは、マイク・キンセラとスティーヴ・ラモス(Dr)、スティーヴ・ホルムス(G)の3人。しかし、3人にとってアメリカン・フットボールは初めてのバンドではない。マイクとスティーヴ・ラモスはその前身にあたるジ・ワン・アップ・ダウンステアーズで演奏を共にしていて、その解散後、ふたりと合流することになるスティーヴ・ホルムスも、地元のバンドを渡り歩く名前が知られた存在だった。そして、マイクはアメリカン・フットボールが結成された時点ですでに、「エモ」と「ポスト・ロック」の歴史に名前を残すふたつの重要なバンド――キャップン・ジャズとジョーン・オブ・アークを経験していたことは広く知られたとおりである。
1980年代の終わりに、当時まだ12歳だったマイク・キンセラが兄のティム・キンセラらと始めたキャップン・ジャズ。そして、そのキャップン・ジャズの解散を受けて1996年、キンセラ兄弟ら元メンバーの一部を中心として新たに結成されたジョーン・オブ・アーク。1980年代のUSオリジナル・ハードコアの流れを汲んだ前者は、同時代のサニー・デイ・リアル・エステイトやミネラルなどと共に「エモ」の重要な起点となったバンドであり、対して、メンバーの入れ替えや再編を繰り返しながら現在も活動を続ける後者は、同じくシカゴに拠点を置くトータスや〈Thrill Jockey〉周辺のアーティスト、あるいはかつてジム・オルークが在籍したガスター・デル・ソルらと並んで「ポスト・ロック」の礎を築いたグループである。当時アメリカン・フットボールが発表した『LP1』とは、言わばそのキャップン・ジャズとジョーン・オブ・アークと地続きの上に「エモ」と「ポスト・ロック」が交差した場所から立ち上がる音楽を記録したドキュメント、と呼ぶにふさわしい作品だった。そして、その両者の存在は、ひいてはその後のマイク自身のキャリアも決定づける重要な契機となった、と言っても過言ではない。
マイルス・デイヴィスやウェザー・リポートなどのジャズに精通し、ジャズ・トランペッターとしての訓練も受けていたスティーヴ・ラモス。一方、アメリカン・フットボールの結成当時、スティーヴ・ライヒやステレオラブをシェアしてよく聴いていたというスティーヴ・ホルムスとマイク・キンセラ。そうしてジャズやフュージョンから現代音楽/ミニマル・ミュージック、クラウト・ロックなどの要素を取り入れることを意識して演奏されたかれらの音楽は、楽曲ごとに楽器を持ち替えるなどしたフリーフォームな形態も含めて、かたや活動初期はキャップン・ジャズ時代の名残を留めていたジョーン・オブ・アークを先駆ける先鋭性を示していた、と言っていい。さらに、「すごく意識的に、ポスト・ハードコア、エモなんかに影響をされたサウンドにならないようにした」とスティーヴ・ホルムスが当時について証言するとおり、そのジョーン・オブ・アークと枝分かれする形でキャップン・ジャズから派生したプロミス・リングやブレイド(※スティーヴ・ラモスも初期に参加した)、あるいはジミー・イート・ワールドやゲット・アップ・キッズらによって2000年代以降に大衆化していく「エモ」の潮流とも、かれらの志向は異質なものだった。
併せて、短命に終わったアメリカン・フットボールの存在を、風化させることなく絶えずリマインドさせ続けた最大の要因。それは何より、バンド解散後も現在に至るまで続くマイク・キンセラの旺盛な音楽活動にほかならない。ジョーン・オブ・アークとしての活動に加えて(※現在は不参加)、現在のメイン・プロジェクトであるオーウェンを筆頭に、ポスト・キャップン・ジャズとも言うべきオウルズ、地元のエモ/ポスト・ハードコア・シーンのミュージシャンと結成されたゼア/ゼア/ゼア、あるいは夫婦で始めたニュー・プロジェクトのシャツ・アンド・スキンズ。なかでも、弾き語りを軸としたオーウェンでの活動は、マイクにとってアメリカン・フットボールの結成当時からインスピレーションとして意識されていたニック・ドレイクやエリオット・スミスに連なるシンガー・ソングライター的な作風や趣向を追求することができる――基本的には兄のティム主導のプロジェクトだったジョーン・オブ・アークに対して――大切な場所であった。また、そうしたマイクの「歌」というものが、それこそトータスを始めインストゥルメンタル・バンドが多くを占めていた「ポスト・ロック」にあってアメリカン・フットボールを際立たせる魅力であり個性であったことは言うまでもない(※オーウェンの最新作『ザ・キング・オブ・ホワイズ』では、スフィアン・スティーヴンスやボン・イヴェールのバンド・メンバーも務めるS・キャリーがプロデュースを担当している)。
1stアルバム『LP1』のリイシュー。それを受けての再結成とリユニオン・ツアー。そして2016年、じつに17年ぶりのリリースとなった2ndアルバム『アメリカン・フットボール』――通称『LP2』。再結成の時点ではアルバムの制作を考えてなかったそうだが、「演奏を続けるようになって、そのうちに同じ12曲ばっかりやるわけにもいかなくなったんだよ。続ける理由が必要だった。“再結成”って名目だけでやれることはやりつくしたから、これを続けるなら新しい曲を作らないといけないねってことになって」とマイク・キンセラ。加えて、再結成を機にベーシストとしてバンドに合流することになったネイト・キンセラ――ご存知、マイクとティム・キンセラの従兄弟で、ラヴ・オブ・エヴリシングやソロ名義のバースマークでの活動の傍ら、ジョーン・オブ・アークを始めオーウェンやメイク・ビリーヴといったキンセラ・ファミリー周辺のプロジェクトに関わってきた盟友的存在(マイクいわく「彼は一緒に過ごすのに最高の人間である上に、音楽の面で全面的に信頼できて、とても趣味もいいしバンドにもすんなり馴染んでくれるからさ。彼の存在は本当に必要としていたものだった。彼がいなければこのアルバムはできなかったと思う。多分いくつかショウをやって終わりだったよ」)。はたして、完成した『LP2』は、ツアーを重ねて鍛え上げられた4人の合奏のもと、機微に満ちた音色と奥行きのあるダイナミックなコンポジションとがブレンドされた、アメリカン・フットボールの面目躍如たる作品となった。
その『LP2』から2年半。続く3作目のニュー・アルバムとして届けられたのが、本作『アメリカン・フットボール』――通称『LP3』になる。レコーディングは前作と同じくネブラスカ州オマハにある「Arc Studios」で行われ、ジミー・イート・ワールドやマップス&アトラシーズの作品で知られるジェイソン・カップが引き続きプロデュースを担当。そして、リリースはお馴染み〈Polyvinyl〉からと、まさに盤石の体制で本作の制作は進められたと言っていい。
〈Pitchfork〉や〈Guardian〉での高評価に加えて、USビルボードのロック・アルバム部門で最高14位(※総合では82位)を記録するなど数字的な結果も残した前作『LP2』。しかし、かれら自身の感覚としては飽き足らないものだったと、本作『LP3』のプレスリリースに寄せてネイト・キンセラは語っている。できることはもっとあったはずだ、と。なお、前作の制作では、1stアルバム『LP1』の頃とは異なりメンバーが揃ってジャムに費やすための時間をとることが物理的にも難しく、Dropboxを使って互いのデモをやり取りしながら曲作りを進めていく場面が多かったと話していたマイク・キンセラ。マイクは同じく本作のプレスリリースで、前作との違いをこのように例えて表現している。「前回のアルバムでは、自分たちそれぞれが持っている武器の使い方を理解しようとしていた。対して、今回のアルバムでは、実際にその武器を使ってみようとした」。
そして、本作『LP3』における最大のポイントが、ゲスト・ミュージシャンの存在。かれらの作品では初めてとなる試みで、3人の女性ミュージシャンがそれぞれ一曲ずつヴォーカリストとして参加している。
1人目は、カナダはモントリオールのトリオで、オマハの名門〈Saddle Creek〉に所属するランド・オブ・トークのシンガー/ギタリストであるエリザベス・パウエル。2人目は、USメインストリームを代表するエモ/ポップ・パンク・アクト、パラモアのフロント・ウーマンで、スネイル・メイルやサッカー・マミー、ジュリアン・ベイカーといった新世代の女性シンガー・ソングライターからも厚い支持を得るヘイリー・ウェイリアムス。そして、3人目は、UKシューゲイザーの重鎮スロウダイヴのメンバーで、近年はモグワイのスチュアート・ブレイスウェイトらとのプロジェクトであるマイナー・ヴィクトリーズとしても活動するレイチェル・ゴスウェル。ちなみに、プレスリリースによると本作に際してバンドの間では、“post-house”というタームがあったという。そもそもは本作のアートワークに関連したジョークのようなものだったようだが、“post-house”――すなわち1980年代終わりのUKでハウス/レイヴ以降に(KLFやジ・オーブといったアンビエント・ハウス~チルアウトをへて)台頭した音楽ムーヴメントとしての“シューゲイザー”とレイチェル・ゴスウェルの参加を結び付ける記述がプレスリリースにはあり、興味深い。なお、エリザベス・パウエルが歌う“Every Wave to Ever Rise”では彼女のためにマイクがフランス語で歌詞を書き下ろしている。
前作『LP2』について、「昔はただギター・パートの連続だったのが今はもっと曲らしくなっているし(笑)、コーラスとヴァースもはっきりして、とっつきやすくなっていると思う。僕も自分自身(ソロ)の曲を書き続けてきたし、その自然な結果じゃないかな」と語っていたマイク・キンセラ。同様の傾向は本作『LP3』においても顕著であり、それこそマイクのオーウェンでの作風に通じるソングオリエンテッドな趣向が前作に増して推し進められているように感じられる。前作に続いてすべてがヴォーカル・ナンバーで構成されている点はリユニオン以降のアメリカン・フットボールの方向性を物語っていると言えるが、前述のゲスト・ヴォーカリストの他にもじつはサポート・シンガーやコーラス隊が参加していることは本作の大きな特徴だろう。レイチェル・ゴスウェルが幻想的な――シューゲイズ的なアトモスフィアを含んだ歌声を聴かせる“I Can't Feel You”を始め、女性による歌声とマイクのヴォーカルやリリカルなメロディとがハーモニーを奏でることで、アメリカン・フットボールの醍醐味である「歌心」をいっそう鮮やかに際立たせているようだ――余談だが、ペレを母体としたUSインストゥルメンタル・ポスト・ロックの雄、コレクションズ・オブ・コロニーズ・オブ・ビーズが男女ヴォーカルをフィーチャーして新境地を拓いた昨年のアルバム『ハワイ』とも印象が重なる。あるいは、レコーディング地オマハの子供たちによるゴスペル・クワイアを迎えた“Heir Apparent”は、ボン・イヴェールやS・キャリーといったウィスコンシン州オークレア周辺のモダン・フォーク勢との共振も窺わせて素晴らしい。
そして、そのサウンドもまぎれもなくアメリカン・フットボールによるシグニチャーと呼べるもの、である。循環するギター・リフや繊細なアルペジオに導かれて紡がれる抑制の効いたインストゥルメンテーション。余白を活かしつつ多彩な拍子を刻むリズム・ワーク。アンビエントな質感を含んだ広がりのある空間的なサウンドスケープ。トランペットなど管楽器が奏でる勇壮な音色。全体のトーンや音の質感は穏やかになり若干のレイドバックした色合いをたたえながらも、前作『LP2』の制作時からさらに場数を踏んだ演奏のテンションは、楽器の一音一音の響きをクリアに捉えたプロダクションと相まってまったく緩んだところがない。スティーヴ・ライヒも連想させるミニマルなオープニングが印象的な“Silhouettes”で始まり、ヘイリー・ウィリアムスが歌う起伏豊かな “Uncomfortably Numb”からアメリカーナ的な叙情性を描き出す“Doom in Full Bloom”をへて、ラストを飾るアンセミックなスケールに満ちた “Life Support”へ――。なお、本作『LP3』には演奏面でもサポート・プレイヤーが参加していて、チェロやヴァイオンリンのアレンジメントが4人のバンド・アンサンブルを要所で華やかに演出している。
アメリカン・フットボールを結成した当時、かれらが通っていたイリノイ大学の近くにあったという友達(の友達)の家の写真がアートワークに飾られた1stアルバム『LP1』と前作『LP2』。対して、本作『LP3』では、その家があったイリノイ州アーバナの町外れの野原の写真がアートワークに飾られている。前作『LP2』について、「クリス(・ストロング、写真家)にまた同じ家に行ってもらって、新しいアングルや新しい視点から撮って欲しいってお願いしたんだ。だから文字どおり同じ対象物を別の視点から見たものになっていて、それがなんとなく今回のアルバム(『LP2』)自体のアプローチと似ているように思ってね。1st(『LP1』)とこのアルバムは繋がっているし、実際、このアルバムを作っている間、1stを参照するようにしていたんだ」と語っていたマイク・キンセラ。ちなみにその際、「もしも3枚目を作ったとしても、同じようなつながりは持たないと思う」とも話していたマイクだったが、まさに慣れ親しんだ場所を飛び出し(“post-house”)、目の前に広がる新たな景色――夜が明けて、朝もやのなか新たな一日が始まる瞬間を捉えたような本作のアートワークの写真は、バンドが見据えるネクスト・フェーズを予感させるようで象徴的だ。
アメリカン・フットボールを筆頭に、プロミス・リングやサニー・デイ・リアル・エステイト、ジョウブレイカー、ゲット・アップ・キッズ、そして本作『LP3』のリリースと前後してジャパン・ツアーを行うミネラルなど、往年のバンドのリユニオンや復帰作をきっかけに「エモ」のリヴァイヴァルが言われて久しい昨今。マイク・キンセラといえば昨年、再結成したキャップン・ジャズのドラマーとしてフェスティヴァルに出演する様子が伝えられたが、そのマイクいわく、アメリカン・フットボールには結成当時、あるセオリーがあったという。それは「“若いリスナーに語りかける”ってこと。思春期や多感な年頃の子たちが、俺たちのターゲットだった」。それから20余年――はたして、本作は、誰に、どんなことを語りかける作品になるのだろうか。かつてのリスナーだったひとりとして、その行方を見届けたいと思う。
天井潤之介
Tugboat Records
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