Say Sue Me / Where We Were Together

韓国・釜山から世界の注目を集める、切なくメロウなサーフ・ロック。

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1960年代のサーフ・ロックを思わせるアンサンブルに、甘いメロディライン。シューゲイザーやドリーム・ポップにもつうじる深いリヴァーブやギターの轟音。Pavement、Yo La Tengoといった1990年代のインディ・シーンの香りがただようポップ・センスを携え、ノスタルジーとみずみずしさが同居したSay Sue Meのサウンドが、世界中のリスナーの琴線に直撃している。


本作は、彼らのセカンド・アルバムであり、イギリスのDAMNABLYよりリリースされる最初のアルバムだ。The FADERやPitchforkといった欧米のメディアへ取り上げられたほか、本作からの楽曲はBBC6でヘヴィプレイ。また、世界最大規模の音楽ショーケース、SXSWへ2018年に出演した際には、アメリカの公共ラジオ局NPRがピックアップする注目の100組「The Austin 100」に選出された。また、レーベルメイトであるおとぼけビ~バ~とのイギリスツアーも好評を博し、近年人気を高めているJapanese Breakfastのパリ公演のサポートアクトにも抜擢。その注目度はうなぎのぼりだ。
本稿では、本作を楽しむ一助として、そんなSay Sue Meの短くも濃い足取りをたどり、その音楽性の背景を明らかにしたい。

彼らは、韓国・釜山発の4人組。2012年に、ギターヴォーカルのチェ・スミ、ギターのキム・ビョンギュ、ベースのハ・ジェヨン、ドラムのガン・セミンで結成された。ビョンギュとジェヨンは初等学校5年生からの友人で、セミンとは高等学校で出会った。以来、いくつかのバンド活動をへて、3人が釜山の歓楽街・南浦洞のカフェで出会ったスミを誘ってSay Sue Meが始まった。
3人がそれまでバンド経験のなかったスミを誘うきっかけになったのは、彼女の話し声の美しさだったそうだ。じっさい、彼女の透明感あふれるヴォーカルは、Say Sue Meというバンドを特徴づける大きな魅力のひとつだ。加えて、彼女はバンドで作詞を一手に担い、リリシストとしての才能を開花させている。
こうして活動を開始した彼らは、2014年、ソウルを拠点とするインディ・レーベルElectric Museからファースト・アルバムWe’ve Sobered Upをリリースし、翌年も同レーベルからファーストEP Big Summer Night EPを続けてリリース。録音は少々荒削りにも感じられるが、本作にも通ずる、サーフ・サウンドとインディ・ロック的なポップ・センスを融合させた彼らのキャラクターは、すでに確立されていた。
しかし、2016年、順調に活動を続けていた彼らに困難が訪れる。セミンが転落事故で半昏睡状態に陥り、一時脱退を余儀なくされてしまったのだ。セミンの不在は、バンドに当惑をもたらした。しかし、活動の継続もあやぶまれたなか、彼らは歩みを進めることにした。当時制作中だったEPも、セミンの他バンドでのバンドメイトだった友人のサポートを得て完成させることができた。その後、インターネットを通じて出会ったキム・チャンウォンが正式にバンドへ加入し、現在の体制が固まることになる。
本作は、この新たな体制のもと、ホームである釜山を離れ、ソウルのレコーディング・スタジオで録音された。リハーサル・スタジオで録音していたファースト・アルバムなどと比較すると、入念に準備され、より洗練されたプロダクションを通して、彼らの持ち味をすみずみまで存分に発揮する一枚になっている。と同時に、Where We Were Together(わたしたちが一緒にいたところ)というアルバム・タイトルが示唆するように、彼らにとって大切な友人であり仲間であるセミンの不在に向き合った、プライベートな色彩も色濃くもつ作品でもある。
たとえば、本作中、Let It Begin、Funny and Cute、B Lover、누군가의 과거가 될 용기에 대하여 (About The Courage To Become Somebody's Past)の4曲は、セミンに捧げられた楽曲だ。
賑やかな釜山の歓楽街の一夜を思わせるLet It Beginや、自家中毒的なフラストレーションのなかでふと「彼」のことを思い出すB Loverは、彼らにとってセミンがある種の精神的支柱だったことを、楽曲をつうじて教えてくれる。しかし、もっとも痛切な悲しみを湛えているのは、なによりもFunny and Cuteに尽きるだろう。最初から最後までの一行一行が、共にいないセミンへのメッセージであり、彼の不在に心乱される心情の吐露になっている。たとえば「あなたぬきで新しい思い出をつくるのが怖い(I’m afraid of making new memories without you)」という言葉には、とても生々しい感情が詰まっている。

次に、彼らのプライベートなストーリーからは少し離れて、音楽性についても詳しく見ていこう。サーフとインディ・ロックをかけあわせた、ポップで耳馴染みのよい彼らのサウンドのルーツは、どこにあるのだろか。
おもしろいことに、あるインタビューでビョンギュが語ったところによれば、彼らは意図的にサーフ・サウンドを取り入れようとしたわけではないのだという。むしろ、釜山でのライフスタイルから自然に発展したものだそうだ。釜山は、朝鮮半島の南端に位置し、比較的温暖な気候の海の都市だ。彼らの練習場の近くにも砂浜があり、日常的に海に触れる環境にあった。そこで育まれたのが、あのサーフ・サウンドなのだ。このことは、全曲の作曲を担当するビョンギュがしばしば、自らのインスピレーション源のひとつとして、韓国の気候や風土について言及していることを考えれば、合点がいくものだ。
そのほか、ビョンギュは、夏には速いテンポの曲を書きたくなり、冬にはゆるやかな、ミドルテンポの曲を書きたくなるのだとも語っている。結果として、制作期間の多くが冬に集中した本作は、Old Townのような疾走感みなぎるエイトビートの楽曲や、B Loverのようなラフでパンキッシュな演奏が印象的な楽曲も収録される一方で、全体のトーンとしては、やさしくメロウな雰囲気がただよう仕上がりになっている。
サーフ・サウンドが釜山という土地の力に影響された一方で、ヴォーカルのメロディ・ラインやギターリフに感じられるポップ・センスのルーツは、これまでくり返し書いてきたように、アメリカのインディ・ロックにある。
ストリーミング・サーヴィスのTIDALが公開した、Say Sue Meのメンバーが選ぶ人生を変えた5枚のアルバムという記事では、最初にYo La TengoのI Can Hear the Heart Beating as Oneが取り上げられている。いわく、「このアルバムはジャンルの垣根を壊すものだと思うし、多分私たちの音楽にもっとも大きな影響を与えていると思います。インディ・ロックの名盤のなかの名盤」だそうだ。
実際、その影響は彼らの楽曲のいたるところに感じられるが、もっともあざやかにあらわれているのは、本作をしめくくる、7分半にわたるComing To The Endだろう。スローなテンポで、シンプルなアンサンブルから轟音のギターが鳴り響くクライマックスへと徐々に展開してゆく構成は、I Can Hear~収録のWe’re an American Bandのようなインディ・ロックの名曲へのオマージュの精神にあふれている。
同じ記事で、ビョンギュはお気に入りにSeamのAre You Driving Me Crazy?を挙げ、同様にスミはCat PowerのMoon Pixを挙げている。ビョンギュの書く曲のエモーショナルでメロディアスなサウンドや、スミの韻文的というよりも短いセンテンスが連なる英語詞のルーツが垣間見えるようで興味深い。
あるインタビューのなかで語ったところによれば、スミの作詞にあたってのインスピレーションは、自分のまわりの人びとだという。他人の眼や、彼らと「私」との関係性を通じて浮かび上がる自分の感情が、シンプルなことばで紡がれる彼女の詞も、Say Sue Meの音楽になくてはならない要素だ。とりわけ、スミのリリシストとしての個性は、But I Like YouやOld Town、またB Loverで描かれるような、相反する矛盾した感情にひきさかれる「私」の姿にあらわれているように思える。
また、本作では、新しいチャレンジとして、スミがこれまで書いてこなかった韓国語での詞が取り入れられていることも特筆すべき点だ。너와 나의 것(Ours)と어떤 꿈 After Falling Asleepの2曲は、全面的に韓国語で作詞された。アメリカのインディ・ロックに親しんできたスミにとって、母国語である韓国語で書くよりも英語で書くほうがより自然に感じられていたという。彼らが欧米のリスナーから注目を集めた理由のひとつに、この英語詞があったことは想像に難くない。一方で、海外のバンドやファンとの交流を経て、国内のリスナーをもっと増やしたいという思いもわきあがったようだ。

本作はメンバーの脱退という困難とじかに向き合いながらも、Say Sue Meというバンドのスタイルをじっくりと洗練させた一枚である。しかし、楽曲は気負いを感じさせず、むしろ持ち味であるポップ・センスとリリシズムをのびのびと発揮している。メロディやバンド・アンサンブルの魅力がひしひしと伝わる、直球のインディ・ロック・アルバムだ。本作をひとつのマイルストーンとして世界へはばたく、今後の彼らの活躍と発展を期待してやまない。

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