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[ためし読み]『数字はつくられた 統計史から読む日本の近代』②「第一章 はじめに」

近代西欧で生み出された統計制度は、幕末維新期に日本に移入され、「場」の論理と折り合いをつけながら、その時々の関心と合理性にしたがって実施されてきました。

統計データは、あるがままに実態を映し出している、と思われがちですが、統計調査や取りまとめに携わった人々の関わりがあるからこそ、数字が生み出されます。

21世紀の「統計不信問題」にも通底する事態は、日本における統計学、統計制度の最初期からみられるものでした。統計史を通じて日本の近代を考える本書から、この本が課題とすることをまとめた「第一部 はじめに」を公開します。

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【目次】
はしがき

◆第一部 日本の近代化と統計
第一章 はじめに

本書が目指すもの/問題の所在 ―なぜこの本を書いたか?/本書の位置づけ/本書の構成  ←公開

第二章 日本の統計史 ―西欧との比較から

日本の統計史の特徴 ―本章の課題/政治権力と数値情報/近代西欧の経験 ―「土着の統計」から統計学へ/日本の近代化と統計 ―土着の統計と舶来の統計学/おわりに

第三章 日本における統計史の時代区分
日本の統計史をどう時代区分するか ―本章の課題/日本への統計学の導入過程と専門家の養成/統計の生産現場としての地方制度/中央官庁の変遷と統計制度/おわりに

第四章 革命政府明治国家の縮図 ―一八八四年
ベンチマーク年の設定と本章の課題/統計関係出版物の概観 ―中央における報告様式の成立と地方統計の草創/『府県統計書様式』の成立/府県レベルの統計書の成立過程/帝国統計年鑑の編纂/おわりに

第五章 近代国家の安定と社会構造の変化 ―一九二〇年
近代国家の安定と帝国形成 ―本章の課題/統計関係出版物の概観 ―社会問題の発生と帝国の形成/一九二〇年代の統計調査体系と資料の作成状況/植民地統計の編成 ―台湾総督府報告例とその運用の事例/郡是・市町村是の編成/おわりに

第六章 戦時体制の国家と社会 ―一九四〇年
戦時体制と統計の変遷 ―本章の課題/統計関係出版物の概観 ―戦時体制の色濃い反映/変質する国勢調査 ―総力戦体制下の統計/総力戦体制下の調査の最末端/おわりに

第七章 まとめ

◆第二部 歴史的統計を利用するにあたっての基礎知識
第八章 歴史的統計を利用する際に知っておくべきこと

歴史的統計を利用するのに必要な基礎知識 ―本章の課題/統計とは何か/統計資料の種類と利用上の注意点/統計調査の方法

第九章 統計の分類表
統計的分類とは ―本章の課題/分類表の変化/分類表変化の要因1 ―社会構成の変化/分類表変化の要因2 ―国際的契機

第十章 統計資料の探し方
どうやって統計を探すか ―本章の課題/書籍による場合/インターネットによる場合

統計関係年表


◇   ◇   ◇


第一部 日本の近代化と統計

第一章 はじめに

一 本書が目指すもの

 この本では、明治維新前後から昭和戦時期にいたる時期に、日本で統計がどのように作られたか、そして生産された統計にはどのような特質があるかということについて述べ、それを通じて、日本にとって近代化とは何かということについて考えていきたいと思う。「統計」と聞くと、高等学校の数学の中で勉強する「確率と統計」が思い浮かべられ、頭が痛くなりそうだと感じる読者もいるかもしれない。しかし、心配はご無用。この本は、今日統計学の主流になっている数理統計学――数学の一分野である――を取り上げるわけではない。では何を取り上げるのか。明治以来、膨大に生産されてきた統計データが、いったいどのような環境で、どのような資質を持った人々によって生産されたか、また、近代国民国家(註1)としての日本において、こうした統計生産の営みがどのような意味を持ったかという、社会史的問題を取り上げようというのである。そのおおもとには、「日本における近代とは何か」という、筆者の根本的な疑問がある。

二 問題の所在―なぜこの本を書いたか?

 では、この本で具体的に取り上げられる問題は何だろうか。筆者は、だいたい次の三点を念頭においている。

 第一は、二〇一八年一二月に発覚した「統計不信問題」をはじめとする現代の統計が抱える諸問題について、その歴史的起源をどうみるかという問題である。統計不信問題は、厚生労働省の「毎月勤労統計調査」において、標本抽出に不適切な調査方法がとられていたことに端を発する問題で、一般的には「統計不正問題」と呼ばれている。しかし、この問題は、単に個々の担当者が不正を働いたというものではなく、歴史的にみて根深い構造を持って生じているとみられることから、本書では、その問題が社会に引き起こした現象面に着目して「統計不信問題」と呼ぶことにした(註2)。この問題は主として第二章で取り扱われるが、日本において統計学が自生的に誕生しなかったこと、明治初期の統計学の出発点において、統計データを必要とする西欧的な「市民社会」がいまだ形成されていなかったことと関係する。これを煎じ詰めれば、「統計は誰のものか」という問題といってもよいであろう。

 第二は、第二次世界大戦敗戦前の日本の統計のあり方と、その背後にある社会状況に関する問題である。さて、第二次世界大戦敗戦前と一くくりにいっても、一八六八年の明治維新から一九四五年の敗戦にいたるまで、約八〇年近い歳月が過ぎている。この間、日本は経済的、社会的、文化的に著しい構造変化を経たし、それにともなってさまざまな社会問題も発生している。社会を映し出す鏡としての統計も、これにともなって大きく変容を遂げていることはすぐに想像がつくであろう。いいかえるならば、統計を生産した人々は、それぞれの時代において、社会のどこに、どのような関心を向けていたのかということである。本書では、主として第四章から第六章で、三つのベンチマーク年を設けて、この問題を考えることにする。

 第三は、歴史的統計データの利用法である。上記二つの問題と密接に関係するが、これらの問題を解き明かす過程で明らかになってきたような統計生産の環境の下で生産された統計は、今日のわれわれからみるとどのような性格を帯びることになるかという問題である。第一および第二の問題が統計生産という歴史的営みを対象とした、社会史的な分析であるのに対し、この第三の問題は、今日のわれわれが歴史的統計データを利用しようとす
るときに、どのような点に注意が必要かという、実用的な面からの議論である。

三 本書の位置づけ

 以上のことを踏まえ、この本の位置づけについて述べておこう。筆者にとってこの問題がどのように位置づけられるかという点と、先行研究に対する本書の位置関係について述べておく。

 はじめに、筆者の根本的な関心として、日本の近代化とは、日本社会と、その構成員である住民にとって何を意味したのかということがある。筆者はこれまでにいくつかの分野で仕事をしてきたが、この根本的な問いは変わらない。この本では、この問題を、考察の対象を統計という歴史的事象に絞り、この狭い窓を通して、西欧との比較史的な観点からみていくことにしたい。

 次に、統計史の研究に関していうならば、これまでに多くの優れた研究がなされてきているけれども、筆者はそれだけでは飽き足らないものを感じている。その理由は次の二点にまとめられる。

 第一に、これまでの統計史の研究対象は、その多くが各時代の最先端を行く「調査統計(註3)」の歴史であった(註4)。なぜそのような形をとったかということについて、簡単に述べよう。これまで統計の歴史を書いてきた人々の関心は、日本の社会、経済の発展と、それにともなう社会問題の発生、これに対処するべき立場にいる人々の認識を解明することに向けられていた。そうした当事者の認識を端的に表現する資料として、各時代における最新の調査統計を取り上げたとみてよい。しかし、ここには二つの問題がある。①ある時点で最新のものとして現れた調査統計も、それがルーティンとなって繰り返されていくうちに、当初とは異なる社会的役割を担わされることがある(註5)。こうした意味づけの変化の背景には、社会の変化がある。②同時代に生産された統計データの多くが、実は調査統計ではなくて業務統計に属するものであったということがある。これらの問題を考慮に入れるなら、おそらくはこうした「ルーティン化した調査統計」や「業務統計」に「その時点で最新の調査統計」をあわせてみたときに、初めてその時代の社会、経済のありようの全貌がみえてくるのではないか(註6)。本書では、この観点から、すでに述べたように、第四章から第六章で三つのベンチマーク年を設けて、それぞれの年についてどのような統計が生産されていたかというクロス・セクションの見取り図を作り、これを比較することで時代の変化を追ってみることにしたい。

 第二に、これまでの研究では、業務統計と統計学や統計学者たちとのかかわりに関する記述が希薄であった上、業務統計の位置づけが明確になされてこなかったことに、疑問を感じている。今日、私たちが歴史的統計を利用する場合、その圧倒的多数は業務統計であるといってよい。この事情は、統計データが生産された時点でも変わらなかったはずである。また、この事情を、同時代人である当時の統計学者たちが知らなかったはずもない。西欧最先端の統計学を学んだと自負していた統計学者たちが、日本に土着の業務統計(註7)に着目し、これを「近代化」しようとしたことは大いに考えられることである。このことについては主として第三章と第七章で触れるが、そのプロセスをみることは、実は「近代国家」としての日本国家の、一つの顕著な属性について触れることにもつながる。すなわち、西欧的な意味での「市民社会(註8)」の未成熟、あるいは西欧的な市民社会とは異なる属性を有する、「日本的な市民社会(註9)」の存在である。

四 本書の構成

 以上のような目的を果たすため、本書は次のような構成をとる。

 まず、本書全体を第一部「日本の近代化と統計」と第二部「歴史的統計を利用するにあたっての基礎知識」に分ける。

 第一部は以下の七章からなる。

 この第一章では、問題のありかと本書全体の構成とを明らかにする。

 第二章では、日本の統計を西欧の統計と比較して、その歴史的経路の違いについて確認する。ここで見いだされた事実は、それ以後のすべての章を読む際の大きな枠組みをなす。

 次いで第三章では、①日本への統計学の導入とその担い手としての統計家集団の成立過程、②中央における統計担当官庁の成立と変化、③統計調査の末端をなす地方制度の変化、④統計家集団による官庁統計への介入の過程、という四点に着目し、日本における統計の時代区分を試みる。

 第四章から三つの章では、第四章で明治初期(一八八四年)、第五章で大正中期(一九二〇年)、第六章で昭和戦中期(一九四〇年)を取り上げ、全体としてみたときにどのような統計資料が刊行されていたかを観察し、そこで得られた観察結果が、どのような社会的背景によっていたのかを考察する。さらに、それぞれの章で対象とする時代に特徴的な統計、あるいは統計編成システムについて取り上げ、その時代の特徴を具体的な形で提示する。

 第七章は、第一部全体を通じた総括である。

 以上で本論は終わるのであるが、本書の目的の一つである統計資料の利用ということを考えたとき、第二次世界大戦前の統計作成、その表章のあり方などに関して、知っておいたほうがよい技術的な専門用語があるので、それらについて第二部「歴史的統計を利用するにあたっての基礎知識」を設けた。第二部の第八章は、統計に関するさまざまな基礎的概念を説明しているので、本論を読む前に読んでおくのもよいかと思う。第九章は、統計的分類に関する章である。また統計資料の探し方に関する情報も必要と考えて、統計資料の調べ方に関する第十章をつけ加えておいた。

――――

(1)近代国民国家とは何かという問題は、この本で取り扱うには大きすぎる。さしあたり、ベネディクト・アンダーソン(一九八七)『想像の共同体―ナショナリズムの起源と流行』(白石さやほか訳)リブロポート、塩川伸明(二〇〇八)『民族とネイション―ナショナリズムという難問』岩波新書(一一五六)などを参考にしていただきたい。
(2)なお、この問題については、『統計』編集部(二〇一九)「毎月勤労統計の不適切処理をめぐる問題の概要」『統計』七〇巻五号、日本統計協会、二‐五頁などに詳しいが、いま、これらの論考からごく概要のみを紹介するなら以下のようなものである。二〇一八年一二月下旬、厚生労働省の毎月勤労統計調査において二〇〇四年以来、不適切な処理が行われていたことが発覚した(不正処理の経緯については上記論文の表1[三頁]参照)。その結果、延べ約二〇〇〇万人に及ぶ雇用保険等の受給者への過去の給付が過小であったことや、賃金上昇率が過大に推計されていたことなどが判明し、国会審議において連日取り上げられるなど、大きな批判を引き起こした。その後の調査により、毎月勤労統計調査以外にも、手続等の不備が三一件(二二統計)あり、そのうち一件では数値結果に大きな影響があったことが判明した。こうした事実はマスコミで大きく報道され、公的統計を「信頼できない」とする世論が高まるなど、日本の統計制度の根幹を揺るがす大問題となった。雑誌『統計』では、断続的に五号にわたって「特別企画/統計の信頼性向上をめざして」と題した特集を組んでいる。
この問題は一般に「統計不正問題」として知られているが、本章では、この現象は個々の官僚による個人的行為によるものではなく、歴史的・構造的現象であるという立場から、あえてこの語を採らず「統計不信問題」と呼ぶこととした。なお、この語は宮川公男(みやかわただお)一橋大学名誉教授の造語である。
(3)「調査統計」とは、統計データを得ることを目的とした調査業務を実施して作成される統計のことである。現代日本の例でいうならば、最も有名なのは国勢調査である。また、文部科学省の「学校基本調査」の多くの項目は、末端の調査対象である各学校に調査項目を提示して報告させているので、これも調査統計の一種といえる。また、「業務統計」とは、ある組織が許認可、届出、登録などの本来業務を遂行する過程で蓄積されたデータを利用して作成された統計のことである。現代日本の例でいうならば、貿易統計は財務省が関税徴収業務をするにあたって作成される資料(税関告知書など)を利用して作成される業務統計である。
(4)国勢調査、家計調査、労働統計実地調査など。
(5)一例を挙げれば、日本において国勢調査は大正九(一九二〇)年に初めて実施されたが、この際の大きな目的は戸籍(こせき)による人口把握の不正確さを修正することであった。しかし、第三回目の大規模調査年に当たる昭和一五(一九四〇)年の調査は、戦時下における国家総動員政策の一環としての、人的資源の配置に関する調査という性格を持った。
(6)なぜなら、その社会にとって必要のなくなった統計は、早晩改変されるか、あるいは廃止されるからである。
(7)「土着の統計」という語については第二章を参照。
(8)「西欧的市民社会」をどう定義するかについては膨大な議論がなされてきている、本書では、「自立した個としての市民が契約関係に基づいて組織する社会」というほどの意味でこの語を用いておく。
(9)「日本的市民社会」とはいまだ仮説の域を出ない造語である。西欧的市民社会が「個」の論理で動くのに対して、日本的市民社会では、個の動きに対して「場」の論理が強い規制力となって作用していると考える。いわば「村の寄り合い」を元型とした市民社会である。「村の寄り合い」に関しては、宮本常一(つねいち)(一九八四)「対馬にて」『忘れられた日本人』岩波文庫(青一六四‐一)を参照。なお、同書は、もともと未來社から一九六〇年に刊行されたものである。

数字はつくられた

【著者紹介】
佐藤正広
(さとう・まさひろ)
一九五五年生まれ、一九七七年埼玉大学経済学部卒業、一九八五年一橋大学大学院経済学研究科修了。一橋大学専任講師、助教授、教授、特任教授を経て、二〇一九年より東京外国語大学大学院国際日本学研究院特任教授。専門は日本経済史、統計資料論。主な著作に『国勢調査と日本近代』(岩波書店、二〇〇二年)、『帝国日本と統計調査―統治初期台湾の専門家集団』(岩波書店、二〇一二年)、『国勢調査―日本社会の百年』(岩波書店、二〇一五年)、『近代日本統計史』(編著、晃洋書房、二〇二〇年)。
【書誌情報】
数字はつくられた 統計史から読む日本の近代

[著]佐藤正広
[判・頁]A5判・上製薄・344頁
[本体]2800円+税
[ISBN]978-4-904575-95-6 C0021
[出版年月日]2022年3月15日発売
[出版社]東京外国語大学出版会

※肩書・名称は本書の刊行当時のものです。

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