「山びこ学校」をおそれる読了感—この本をわたしは読めているのか—
「山びこ学校」を分析したり、背景を取材したりした本や論文、記事はとても多そうです。「山びこ学校」を読んだときの、圧倒的な感動—こんな文章を詩を書いた生徒たちがいたのだ、こんな作品を生み出した学級があるのだ、若い無着成恭という教師はいったいどんな人物なのか—その衝撃は読者を研究に向かわせる十分な理由になります。それほどの本です。どんどん読み進められるという本ではなく、一ページ一ページ、一語一語に立ち止まらざるを得ない、息を吐き、動悸を落ち着かせたり、感慨にふけったりしてしまうのでなかなか読了できません。
学生時代に読んだときとは印象がちがいました。生活綴方について実践に足を踏み入れたり、実践を続けている人ほど、この本の圧倒的な力に気づくはずです。これほどの実践ができた理由は何なのか、歴史的地理的、また制度的な特殊な条件が可能にしたのか、実践を一般化したり応用可能な知識を汲み取ることができるのか。
「山びこ学校」だけでなく、「山びこ学校」で紹介された無着学級43名のその後を追ったノンフィクション作家・佐野眞一の『遠い「山びこ」—無着成恭と教え子たちの四十年—』を読み終えたときの衝撃も大きく、筆者・佐野眞一氏への敬意とともに、わたしは「山びこ学校」の単純な理解、分析を恐れるほどになりました。
奥平康照氏の研究
自分が関心をもった領域の圧倒的な研究(研究者)を、発見してしまいました。しばらくは、この研究者の本を読むだけで関連領域や論点を知ったり、よりよき理解の端緒になりそうです。私の関心は、「子どもをよく知ための技術—子どもをどうとらえたらいいのか—」ということです。子どもを知るとはどういうことなのか、そのための教師の技術とは何なのか。これを「山びこ学校」や無着成恭の実践から学び、私の血肉となり、毎日の教育実践に生かせる戦略的知識としたいのです。時代がうつり変わっても、子どもをよく知ることが、教師の仕事の第一歩だと思うからです。
以下の本は、奥平康照氏の研究書です。まだ読み始めて少しですが、すごい本だという直感があります。紙の本を買おうとしたのですが売り切れで、市場でも高額になっていたのですが、なんと電子書籍でも購入できるのです。この本が1250円!これこそ衝撃です。そんなに安くていいのでしょうか。戦後教育のあゆみと教育思想を学ぶ上でもたいへんな良書なのではないでしょうか。この本の評価ができる理解力、知識も必要になりそうです。
上記書籍の目次を以下に挙げておきます。よくこれほどの関連領域を一冊にまとめたものだと恐れ入っていて、本当にこの本を読みこなせるのかと恐れおののいています。
菅原稔氏の研究
もう一人が、菅原稔氏です。菅原氏の論文は、インターネットで検索すると多くヒットするので読めるのですが、私の関心に合うものが多く、しかも私の知りたいこと研究しようとしていたことをすでにかなりの量と質でまとめられていました。今までこの方を知らなかったことを恥じました。ていねいに読んでいきたいので、著書を購入しました。本当は奥平康照氏の本も購入したいのですが、市場価格で二万円以上になっており、ためらっています。
生活綴方を学ぶ人、実践している人、これから実践したい人、昨今の教育書のふわふわした感じやハウツー感、横文字の多さに嫌気がさしている人は、こういった本を読んで一度原点に立ち戻ることで進むべき道も見つかると思っています。でも教育の原点って何でしょうか。
教育の原点とは何かについて知らなくても、そこに原点があるのではないかと「教育の原点を探し求める旅」として、奥平康照氏や菅原稔氏の、これらの本を読んでいきたいと思っています。
上記の本の見出しを挙げておきます。見出しから、戦後の生活綴方、作文教育を学ぶ上では必読の研究書のような直感を得ています。俗な言葉でいうと「やばい本」という印象です、