加藤 綴(かとう つづり)

日本の小学校に教員として勤めています。日本の伝統的な教育方法である「生活綴方」について…

加藤 綴(かとう つづり)

日本の小学校に教員として勤めています。日本の伝統的な教育方法である「生活綴方」について、学んでいます。日本作文の会の研究会や、地域の作文サークルで学んでいます。handwriting(手書き)と keyboarding(キーボードに打つこと)のちがいについても研究中。

マガジン

  • 国分一太郎『小学教師たちの有罪』を読む

    戦後の生活綴方の牽引役・国分一太郎の遺言とも言える著作です。国分一太郎が治安維持法で検挙されたいきさつや特高警察の砂田周蔵とのやりとりが克明に描かれています。どんな内容なのか、内容から今でも学べることば何かなど、読書メモとしての記事を書いています。

  • 教育雑記

    学校現場での経験から学んだことや子育てからヒントを得たこと、教育と市場の問題など、はばひろい話題を記事にしています。

  • 生活綴方的教育方法とはなんだろう

    生活綴方、作文教育、日本の伝統的な教育方法に興味をもっている方におすすめの記事です。私自信が自分の学習のためにまとめている記事ですが、一緒に学ぶ人がいてほしいという願いがあります。ぜひ、一緒に学びませんか?

最近の記事

  • 固定された記事

「生活と表現」〜国分一太郎と大田堯のことばから〜

 生活綴方や生活綴方的教育方法について、これまでいくつか記事を書いてきました。その中で生活綴方は国語科作文と、どう違うのかという話題がありました。今回の記事は、その具体例を示したいと思います。 国分一太郎著『新しい綴方教室』(1951年)から  ある例文を国分は著書の中で示します。  「私の家の」という言葉が重複しています。このような文をもし自分が担任する子が書いてきたら、または我が子が宿題で書いていたら、あなたはどうしますか?  もし現在の国語科の指導の通りに添削す

    • 国分一太郎『小学教師たちの有罪』を読む⑨

      前回の記事の続きです。 12 十二月八日 1941年の12月8日は日本人にとって、またアメリカ人にとっても忘れられない日でしょう。日本軍がハワイのオアフ島真珠湾にあったアメリカ海軍の艦隊や基地を攻撃し、太平洋戦争が始まった日です。国分一太郎は、この日をどのように迎えたのでしょうか?  国分の収監されていた監房が、朝から異様な雰囲気であることに国分は気付きます。こそこそと監房担当のわかい巡査と古参の斎藤巡査部長が話しているのを目にします。聞き耳を立てますが、話のなかみはわか

      • 国分一太郎『小学教師たちの有罪』を読む⑧

        前回の記事に続きます。10章、11章は当時の文学論が書かれている部分なので、読み解くのは難しいですが、本書の核心的な部分なので丁寧に読んでいく必要があります。日本史の教科書や、社会科学関係の辞典を手元において読みました。 10、11プロレタリア・レアリズム(一)(二)  特高警察の砂田は、国分らが「プロレタリアのレアリズムを生活綴方の考え方に取り入れた」と、今回の取り調べでもあくまで既定路線を推し進めようとします。  国分は当時の小説、文壇の潮流、考え方などを実際の小説を

        • 国分一太郎『小学教師たちの有罪』を読む⑦

           上記、前回記事の続きです。 7、8 このひとの素性(一)(二) 国分は自分を取り調べた砂田周蔵の生い立ちや思想の形成について、さまざまな資料をあたって調べ、記述しています。  砂田は、1907年に山形県西村山郡谷地町に生まれています。国分は北村山郡東根町に生まれています。地図で見ると、両町(今の東根市、河北町)は隣接しています。砂田は国分の4歳年上です。  砂田は尋常小学校または高等小学校を出たあとに、上京し、有島武郎に師事したことが記録に残っています。当時の白樺派の

        • 固定された記事

        「生活と表現」〜国分一太郎と大田堯のことばから〜

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        • 国分一太郎『小学教師たちの有罪』を読む
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          4本
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          8本

        記事

          国分一太郎『小学教師たちの有罪』を読む⑥

          国分一太郎『小学教師たちの有罪』を読む① 国分一太郎『小学教師たちの有罪』を読む② 国分一太郎『小学教師たちの有罪』を読む③ 国分一太郎『小学教師たちの有罪』を読む④ 国分一太郎『小学教師たちの有罪』を読む⑤  以上のように読書ノートをつけてきましたが、本書第六章、第七章「『東北農村について』(一)(二)」は、とりわけ重要に感じます。それは「なぜ東北地方の教師たちが多く検挙されたのか」という問いに一つの回答を与えてくれそうだからです。 6 「東北農村について」(一) 国分

          国分一太郎『小学教師たちの有罪』を読む⑥

          国分一太郎『小学教師たちの有罪』を読む⑤

          前回の記事の続きです。 4 交友関係 国分の取り調べは続きます。次は、交友関係を砂田に聞かれます。友人である村山俊太郎のことだけでなく、斎藤秀一のことを聞かれます。国分は雑誌『生活学校』誌上で、斎藤の名前は知っていましたが、直接の交友関係はありませんでした。  この斎藤を調べ上げたのも砂田でした。砂田は斎藤が寄稿していた雑誌『生活学校』を通して、国分らが関わる「北方性生活運動」を知ることになります。  砂田は『生活学校』誌上で村山俊太郎の名を知り、山形県にある大きな本屋

          国分一太郎『小学教師たちの有罪』を読む⑤

          国分一太郎『小学教師たちの有罪』を読む④

          前回の記事の続きです。 3 最初の訊問調書  国分は2回目の「手記」に、生い立ちと思想傾向の推移を書き終えました。それをもとにした砂田の取り調べは本格的なものになります。しかしその取り調べは、あらかじめ敷いてあるレールの上を、思惑通りにつっぱしらせるものであることを、はやくも感じさせるものでした。  国分は、 ・反国家的な思想などは持ち合わせていなかったこと ・「国体の変革」や「私有財産制度の否定」の実行にたずさわるほどの意志はけっして持っていなかったこと を手記の文脈

          国分一太郎『小学教師たちの有罪』を読む④

          国分一太郎『小学教師たちの有罪』を読む③

          前回の記事の続きです。 2 ひき咲かれる手記  1941年10月13日の昼過ぎ、東京から山形署まで移送されてきた国分は、山形県の特高係主任・砂田周蔵警部補から以下のように告げられます。 「君を北方性生活主義綴方運動と、雑誌『生活学校』編集グループを中心とする生活主義教育運動の件で、治安維持法違反としてしらべる。昭和9年から、君が学校をやめさせられる昭和13年3月までのことだから、新治安維持法ではなく、旧治安維持法でしらべる」  国分はこのとき盟友の村山俊太郎が検挙され

          国分一太郎『小学教師たちの有罪』を読む③

          運動会と駐車場 〜市場の論理と道徳〜

          運動会の会場(学校)への交通手段は?  運動会のシーズンです。我が子も10月に運動会がありました。学校からの運動会のお便りには、このような注意書きがありました。しかも以下の部分だけが太字で書かれていました。「自転車・自動車での来校はご遠慮ください。近隣に駐車や駐輪することもご遠慮願います。」  運動会は学校や地域の大きなイベントです。親だけでなく、祖父母や乳幼児を連れての参観者も多いです。何人もの家族や親戚を一度に会場である学校に送り届けるには車が便利です。しかし、関東

          運動会と駐車場 〜市場の論理と道徳〜

          国分一太郎『小学教師たちの有罪』を読む② 

           前回記事の続きです。  この本は全部で29の章立てになっています。目次を列挙してみます。  1 あのひとの死  2 ひき裂かれる手記  3 最初の訊問調書  4 交友関係  5 平野氏受難  6「東北農村について」(一)  7「東北農村について」(二)  8 このひとの素性  9 このひとの素性(つづき) 10 プロレタリア・レアリズム(一) 11 プロレタリア・レアリズム(二) 12 十二月八日 13 党 14 コミンテルン 15 北日本国語教育連盟 16「生活意欲」「

          国分一太郎『小学教師たちの有罪』を読む② 

          国分一太郎『小学教師たちの有罪』を読む①

           生活綴方実践編ということで、まずは国分一太郎の著作を読んでいこうと思います。まずは国分一太郎自身をよく知ろうと思い、上記の著作を手にしています。  この本は1984年にみすず書房から出版されています。この本の装丁、まるで遺影のようです。黒縁の中心にあるのは、国分が山形県の小学校教師時代に編集したガリ版刷り詩集『もんぺの弟__生活詩集』(1935年・昭和10年)の表紙です。  なぜ、このような装丁にしたのか、まず気になりました。それは【生活綴方は一度死んだ】ということを表

          国分一太郎『小学教師たちの有罪』を読む①

          生活綴方的教育方法とは何だろう その④

           生活綴方的教育方法を今でも実践している人たちがいます。ここ数年では大阪の勝村謙司先生がメディアで取り上げられました。勝村先生や先生の勤務校での実践では作文の「読み合い」が紹介されています。この「読み合い」または「話し合い」は、生活綴方的教育方法の重要な要素だと考えられます。前回の「その③」の記事に引き続いて、小川太郎著『生活綴方と教育』から、生活綴方的教育方法の本質について解説していきたいと思います。ちなみにこの本の出版は1968年ですが、生活綴方的教育方法に関する論考の初

          生活綴方的教育方法とは何だろう その④

          生活綴方的教育方法とは何だろう その③

          前回の解説記事から時間が少し空いてしまいました。自分でも忘れてしまうので、以下に前回記事を添付します。その①、その②まできて、今日はその③です。小川太郎の「生活綴方的教育方法」のとらえ方を、1968年発行の小川太郎著『生活綴方と教育』から読み取っていきたいと思います。 生活綴方は、生活を書くだけでよいのか?  小川は著書のなかで、生活綴方的教育方法についての「教育のあらゆる領域で生活綴方を書かせたり、つかったりしようというだけの、形式的な主張」を批判的にとらえています。

          生活綴方的教育方法とは何だろう その③

          運動会の表現運動と子どもの生活

           秋の運動会のシーズンになりました。小学校や幼稚園・保育園(子ども園)では、本番に向けた練習が重ねられていると思います。幼稚園・保育園(子ども園)でも小学校でも、競技ではない「ダンス(表現運動)」が運動会の定番です。  各年齢・学年ごとにさまざまなダンスを行います。流行のミュージックに乗せてリズムダンスを踊ったり、伝統的な「民舞」と呼ばれる踊りを取り入れたりします。沖縄県のエイサー、山形県の花笠音頭、北海道の「ソーラン節(南中ソーラン)」などが民舞の定番です。南中ソーランは、

          運動会の表現運動と子どもの生活

          言葉では表せない感情と日記

          ○映画『インサイドヘッド2』が公開中です。私はこの夏に「2」を観ましたが、できれば「1」も観てほしいです。 ○この物語の「1」では、悲しみを悲しみとして受けとめることの大切さが表現されています。「2」では、思春期の入口に立った主人公のライリーが、それまでのライリーの持っていた言葉では表せない感情を抱き、思い悩むさまがえがかれています。 ○物語のポイントは、【言葉では表せない感情】です。思春期はこの【言葉では表せない感情】に思いなやんだり、とりあえずの言葉を与えたりする時期

          言葉では表せない感情と日記

          月は食べたらおいしいのか?

           9月17日の夜は、いい月が出ていました。5歳と9歳になる2人の娘といっしょに自宅近くの見通しの良い通りに出て、しばらく中秋の名月を眺めていました。  ところで、月はだれにとっても同じように存在しているのでしょうか。というのも、月を眺めながら、弱視の娘は、自分と同じように月を見ていないと思ったからです。 月の見え方のちがい  私は矯正視力が1.2ですが、9歳の娘は矯正しても0.4程度。はっきり月の輪郭とクレーターが見えている私と、ぼやっと見えている娘との違いを思いました。

          月は食べたらおいしいのか?