見出し画像

【短編小説】予言の書

親父が死んだとの連絡があったのは、つい先日の

ことだった。親父の反対を押し切って上京した事

もあって、そこまで恩を感じてはいなかったが、

あくまでも父親。俺は8年ぶりに故郷に戻った。

母が喪主を務めた葬式も終わり、昔の仲間と久し

ぶりに再開した。親父は、地元では有名な食堂の

店長だったから、親父の葬式となれば、たくさん

の人が参加した。その時初めて、親父の偉大さを

知った。

親父の遺品整理をしていたときだった。部屋には

これから生み出そうとする料理のレシピを書き留

めたノートが大量にあった。あれでも、40年続け

てたんだからなぁ。そうしていると、俺の部屋が

ふと気になって、入ってみた。案の定、俺の部屋

は親父の好きな歌手のレコード置き場になってい

た。これはこれで良いかと思っていた矢先、俺の

目に、変なノートがあった。レシピを書き留めて

いるかと思ったら,そうでも無い。そこには、油

性ペンで『予言の書』と書かれていた。中を見て

みると、そこには色々な予言が書かれていた。

“光太郎、きっとお前は、俺の葬式に来る人の数を

見て、俺の偉大さに少しは気付くだろう”

あ、当たってる。

“お前は、このノートを見た時、「レシピか?」

と思っただろう”

また当たってる。

それからも、この『予言の書』に書かれている事

は、だいたい当たっていた。それはどれも、俺の

癖を見透かしているような、親だからこその予言

だと思った。凄いとは思ったが、同時に恥ずかし

くもなった。次のページを開く。

“お前は、今日胸の前で小さくガッツポーズをす

るだろう”

なに?たしかに、俺の癖は、胸の前で小さくガッ

ツポーズをすることだ。でも、今日の俺はまだし

ていない。これはチャンスだ。今日俺は絶対に、

ガッツポーズをしない。そして、天国か地獄だか

分かんないけど、あの世にいる親父にギャフンと

言わせてやろう、と思った。

午後になった。町でお世話になってたおっちゃん

に会った。

「おう!久しぶりだな、光太郎!どうだ、この後飯でも行かねーか?奢ってやるよ。」

「え!?ほんとですか!?」

腕に力を入れたとき、俺はガッツポーズをしよう

としていることに気が付いた。危ない、危ない。

まぁセーフだろう。

「いいですね!でも、割り勘でいきましょう。」

夕方になった。高校以来の友達と会った。

「あ、こたちゃん。これ、高校時代に借りた千円札。悪いな、返しそびれてて。この機会でしか返せなくてさ。お詫びとして500円付けてるから許してよ。」

これも、天の悪戯か。でも、俺は引っかからない

ぞ。俺は、心の中でガッツポーズをした。実際に

やらなければ大丈夫だろう。

それからも、何度かガッツポーズをしてしまいそ

うな出来事が多々あったが、俺は見事に躱し続け

た。そして、時刻は23:55。勝った。僕は、父の

最後の予言に勝ったのだ。濃い黒でより星が目立

つようになってきた真夜中だが、明日は休み。俺

は缶ビールを開けた。そうこうしているうちに、

23:59分になる。残り60秒、50秒……とうとう、

20秒だ。1日中大変だった。親父が亡くなってすぐ

だから、少し不謹慎かもしれないが、この缶ビー

ルが絶品に感じる。はやく、はやく明日になれ。

少々せっかちな俺の性格が、気を急かせる。

5…4…3…残り2秒を残したとき、俺の中で高揚感

が絶頂に達していた。残り1秒、俺は感極まり、胸

の前で小さくガッツポーズをした。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?