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社会は進化しているのか? 突き詰めた先に農業経済学があった

今回は農学部生物生産学科の山崎亮一先生にインタビューしました。
私たちが生きるために必要な食料、それを支えるのが農業です。経済学の視点から農業はどのように見えるのでしょうか?山崎先生のお話を通して考えてみましょう。

<プロフィール>
お名前:山崎 亮一(やまざき りょういち)先生
所属学科:農学部生物生産学科
研究室:農業経済学研究室
趣味:読書

虫好きが転じて農業経済学の道へ


―山崎先生は、大学入学時から農業経済学を専攻されていたのですか?

いえ、最初は昆虫学を学ぼうと思っていました。昆虫学といっても遺伝子学のような高度なものではありません。虫を捕まえて分類するのが好きだったので、そういうことに興味がありました。

―そこからどのように農業経済学の道に進まれたのですか?

ダーウィンの進化論が好きで勉強していくにつれて、社会自体も進化しているのではないかと考えるようになりました。社会はどのように転換しているのか、ということに関心を持ったのです。

―なるほど! 社会学や歴史学ではなく農業経済学を選んだのはなぜですか?

社会の進化を根底で規定しているのは経済ではないかと思い、経済学を学ぶことにしました。経済の中で資本主義が中心になってからは、工業が重要視されていますが、人間の社会の進化を考えるときには、何千年にもわたる農業社会について考えなければなりません。歴史の中で農業の占める位置を考えるうちに、農業経済学にたどり着いたということです。

脱落者を出さないアフリカの経済


―これまでに山崎先生がされてきた研究のなかで、とくに印象的だったものを教えてください。

びっくりしたのはアフリカのニジェール川流域で調査をした時です。それまで調査していた世界とは、まるで別の世界に入ったなということを実感しました。

田園の苗取り風景、ニジェール川流域

―どんなところに驚きましたか?

社会の根本的な構成原理が違うと感じました。私たち(先進国)の社会では、基本的に一人ひとりが自分の利益に基づいて動いているじゃないですか。だけど、アフリカには共同体というものがあって、個人的な利益ではなく、脱落者を出さないことを前提に社会が組み立てられています。

―脱落者を出さないというと、日本でいう共同体や自治体のようなものでしょうか?

ちょっと違いますね。たくさん物を持っている人は、持っていない人に与えなくてはいけない。アフリカにおける共同体の原理というのは、基本的には与えることです。

―与える、というと……? 具体的な現地でのエピソードはありますか?

象徴的な話をすると、貧しい子どもが寄ってくるわけですよ。こうやって手を出すでしょ。なぜ手を出すかというと、僕がお金を持っていそうだからね、当然だという感じで。そこで、ちょっといたずらをしようと思って、その子どもに対して「実は僕、この三日間何も食べてないんだ」って言ったのね。そうしたら、その子どもはどうしたと思いますか?

―うーん、「嘘つき!」となじったりしたんでしょうか?

それが、しばらく考えて、「じゃあこれあげるよ」って。差し出された手の中に、日本円にして10円くらいのお金を持っていたんですよ。

―ええ!!

びっくりしたけれども、持っている者が持たない者に与えるのは当たり前のことだと彼らは思っているということですね。

―ノブレス・オブリージュ(注1)を連想しました。農業も共同体の精神に基づいて行われているのでしょうか?

精神ではなく経済です。我々(先進国)の経済は、「自分の物」という観念がはっきりしていて、人に物を与える時には、その対価を受け取ることを前提にして社会が成り立っていますよね。しかし、アフリカの経済はそうではなくて、富や価値がたくさんあるところから少ないところへ流れていく仕組みになっています。

ただね、社会は徐々に変化していますから。最近では、富の蓄積という観念が出てきているようです。持っていない者にあげるのではなく、投資、たとえば牛の頭数を増やすことに専念している農家があらわれています。

―家畜の数が増えると肥やしや労働力のおかげで農業生産高も上がると、ものの本(注2)で知りました。自分の富を増やすことに夢中なんですね。

また、土地は共同体のものという認識でしたが、土地を管理している人が突然、「私は管理しているのではなく、この土地を所有しているんだ」と言い始めたケースが出てきているようです。

―西洋史の「囲い込み」(注3)になんとなく似ています。

囲い込みでは羊毛が目当てでしたが、こちらの場合だとその土地を売るんですよ。こうした動きは、ランドラッシュあるいはランドグラビングといわれる農地収奪(注4)に展開しているようです。

―所有意識や損得勘定といった資本主義の考え方が浸透してきているのですね。
こうした変化も調査したいとは思うのですが、近年アフリカの政情が不安定になってきているため、現地調査は危険です。昨日か一昨日(取材日:2021年5月28日)もマリでクーデターが起こりました。やはり、古き良き秩序が崩れ始めているなかで、その秩序を原理主義的に守ろうとする運動が台頭してきているのもおそらく無関係ではないでしょう。こういった社会の動きを捉えることができるのも社会科学の面白さです。

意見ではなく事実を掴む


―山崎先生がこれまでの研究を通して、いろいろな国に行かれているなかで、大切にしていることはなんですか?

現場の中で事実を掴みとることです。実態調査が不十分だと、自分が持っているイメージを現場で確認することに陥りがちなんですけれども、こうした先入観をなるべく持たずに現場に入ることを心がけています。

―そのために必要なことは何ですか?

すごく重視する調査のスタイルは、悉皆調査しっかいちょうさ(注5)です。対象地を決めたら、そこにいる人全員に調査します。自分の目で事実を掴みとるためには、とにかく色んな立場の人から話をきくことが重要です。

また、客観的なデータを集めてくることも大事ですね。これらの事実を統合させることで、こういう立場の人だったら、こういうことを考えているのではないかという推測が成り立ちます。

―というと?

例えば、農地をほとんど持たない人が農業振興を勧めるべきだと言ったとしても、おそらくそれは本心ではないですね。むしろ、その人たちの立場からすると、勤務状態が安定した方がいいとか、賃金をあげてほしいとか、おそらくそういうことを言うはずなんですよ。

ちなみに、私はアンケート調査はやりません。「あなたはどう思いますか?」と聞いたところで、その本人が考えていることに基づいて答えているのか、確証が得られないからです。

―なるほど。なるべく偏りのないデータを集めるというのは、研究として非常に重要な姿勢だと感じます。

悉皆調査の様子

農業に対する敬意を


―最後の質問になりますが、農業経済学で貢献していきたい未来について教えてください。

資本主義社会のなかでは、工業や商業といった利益が上がるような部門に人的資源や資金が集中して、そこが経済の中心になるのはしょうがないことだと思います。農業は様々な理由から、なかなか利益の上がらない産業であるわけです。しかし、農業というのは一番大事な産業です。

僕は、フランスに2年間ほど住んでいたのですが、ヨーロッパの若い人たちと話をしていると、「外国の農産物は気持ち悪くて食べられない」と言うんですよ。それぐらい自分たちの国の食べ物に対して誇りをもっているんですね。自分たちの身近で採れたものに対する敬意を日本人も持つべきだと思います。やはり、一番大事なものは食料ですし、いざという時には、自分の国で作ったものを食べるしかありません。食料や農家に対する敬意を持つような、そういう社会になればいいなと思っています。

―本当に共感します。地産地消を意識して、地元の農業を応援しようという積極性を少しでも持てると良いですね。山崎先生のお話を通して、農業経済の魅力や研究に対する姿勢を学ぶことができました。ありがとうございました。

山崎先生の講義でも用いられているご著書

注釈

(注1)ノブレス・オブリージュ:欧米の、身分の高い者には果たさなければならない義務があるとする道徳観
(注2)ものの本:その方面のことが書いてある本
(注3)囲い込み:エンクロージャー。共同の土地や小作人に貸していた農地に柵を巡らせ牧羊場とする
(注4)農地収奪:食料やバイオ燃料作物の増産、また温室効果ガスの排出削減効果を取引する炭素排出権の獲得等を目的とした農地の買収
(注5)悉皆調査:調査探求しようとする事象を全体にわたってもれなく、かつ重複することのないように行う調査


文章:すだち
インタビュー日時:2021年05月28日
インタビュアー:すだち
記事再編集:すざんぬ
記事再編集日時:2023年7月10日
※インタビューは感染症に配慮して行っております。


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