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小さな実験室のフラスコにみる世界初のロマン。~フッ素と私たちの暮らし~

今回は工学部応用化学科の山崎孝先生にインタビューしました。
山崎先生が農工大に着任されるまでの経緯からフッ素化合物についてまで幅広いことを知ることができる内容になっています。ぜひご覧ください!

 

<プロフィール>
お名前:山崎孝先生
所属学科:工学部応用化学科
(現在はご退職されています)
研究室:応用化学部門山崎研究室
趣味:音楽 (J-POPからクラシックまで)

農工大の先生になるまで

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ー農工大に着任されるまでの経緯を教えていただけますか?

僕は高校の数学が好きだったので、東京工業大学の数学科が第一希望だったんです。でも、数学科には受からなくて、第二希望の化学工学科に入学しました。東京工業大学に入ってからでも転類(※入学後に所属している類および学科を変更すること。農工大にも転学部・転学科の制度はあります。)ができるので、ひとまず化学工学科で頑張ってみるかという気持ちでいました。でも、実際に大学で数学の授業を受けてみたら、“これは僕が期待していた数学じゃない”とわかって、化学工学科のまま進むことにしました。
その後、そのまま東工大で博士号を取得してすぐに助手(今で言う助教です)になり、11年間生命理工学部で研究しました。そして、2002年に農工大へ移りました。
―そうだったのですね。研究の道に進むというのはどの段階で決めていましたか?
大学1年生の時点で博士課程までは行こうと思っていましたね。
 
―決断が早いですね。

でも、それはある種の妄想かもしれません。「とにかく何かを極めたい」という気持ちが強かったんです。1年生の段階では、わかっていないこともかなりあったはずなのですが、研究の道に挑戦したいと思っていました。そうして、学年を追うごとに、学ぶことのおもしろさが倍増していったという感じです。私のいた研究室では、自分の好きなテーマを自由に研究させてくれたので、「自分の考えたことが実現するって、こんな楽しいことはないな」と、どんどん面白くなる一方だったんです。
 

研究のロマン

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―有機化学のどういったところが特におもしろいと感じますか?

AからBができますという反応があったときに、エネルギーが一番高いところ(遷移状態)の構造がすごく重要で、これによってできるものの特徴がわかります。ただ、あっという間にどこか別の安定なところに変化してしまうので、捉えられることはできないんです。でも、コンピュターでシミュレーションをすると、今までわからなかったことがわかるようになって、使う化合物のここの構造を変えたらもっとこうなるかもって、いろんなアイデアがでてきます。有機化学は、反応の機構を知ることで、ものすごく可能性を広げられるので、すごくおもしろいなと思います。
 
―研究の楽しさを感じたエピソードがあれば教えてください。

私が研究室に入って間もないときに、あるものを蒸留してフラスコを眺めていたのですが、僕のついていた先生が「それは世界でお前が一番最初につくったんだぜ」って言ったんです。あの言葉が未だに忘れられません。世界で誰もつくったことのないものをちょっとしたことでつくれるっておもしろくないですか?だから、うちの研究室の学生にも「これは君が世界で一番最初に見ているんだよ」って声をかけたりします。やっぱり化学を学んでいる人間って実験が好きなんですよ。
 
―ロマンがすごいですね!実験が好きということに加えて、研究者の素質として大切なものはなんだと思いますか?

一番必要なのは努力するということと、あとは注意深くというか色んなことに気がつくことです。何かが起こっていてもそれに気がつけるかどうかが重要です。
 
―これまで研究者としての道を歩まれてきて、すごく大変だったことは何ですか?

何を研究するかを考えることと研究費を工面すること、基本的にはその二つですね。競争を勝ち抜かないといけないのが大変です。うまくいっていることがだんだん落ちついてきたら、とにかく次の研究成果を出していかないといけません。
 
―シビアな世界ですね。どんどん新しいアイデアを生み出すために日頃から意識されていることはありますか?

誰でも言えることだけど、論文をできるだけ読んで、今世界がどうなっているのかを把握しておきます。その上で、流行りに乗っかっていくのが一つのやり方です。もうひとつは、ほかの人がやっていなくて、ちょっとおもしろそうなところを狙うやり方です。僕はどちらかというと後者ですね。流行りはじめている分野は競争がものすごく激しいですからね。
 

私たちの暮らしを支えるフッ素化合物

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―これまで山崎先生がされてきた研究のなかで、これはおもしろいぞと思うものは何ですか?

選ぶとしたらフッ素の入っている化合物についての研究です。フッ素がいろんな金属と相互作用しやすいということは前から言われていたのですが、それをちゃんと科学的に証明しました。


―どうやって証明したのですか?

化学反応の途中で何が起こっているのか、仮説を考えられるだけ設定して、最終的にいくつか絞った上で、どうしたらそれらの仮説を証明できるかを考えました。想像力を働かせることが大事ですね。なかなか思い浮かばないときもあるのだけど、お風呂に入っているときにピーンと閃いたこともありました。
 
―その化学反応が証明できたことによって、社会に発展させられるものは増えましたか?

増えましたね。サイテーションというのですが、参考文献として僕の論文を引用してくれる人がたくさんいて、それだけ世の中にインパクトを与えた論文ということになるので嬉しかったです。ほかにも特許をとったこともあります。東工大時代につくっていた化合物がテレビの液晶に使われることになって、某企業の社長が挨拶しに研究室に来られました。しかし、いよいよ液晶が使われるという直前のところで計画が白紙になってしまったということもありました。

―ええ、何があったんですか??

バブルがはじけてというやつです。
―そういう時代ですか。残念でしたね。そのほかに、実は薬としてもフッ素は使われていて、世に出ている薬の約2割にフッ素が含まれていると言われています。農薬にいたっては半分です。私の研究でもフッ素の入っている化合物で癌に対する活性があるものが見つかったのですが、試験段階で毒性がみられて実用化には至らなかったものがありました。医薬品開発ではよくあることですけどね。

ところで、フッ素の入っている有機化合物は天然にどれくらいあると思いますか?10か100か1000か10000か…

―うーん、少なく見積もって100でしょうか?

今報告されているのが12個です。

―えー!少ないですね!
そのうちの8個が同じ種類の化合物なので、それをまとめて1個としたら5個しかないんです。でも、私たちの周りでは有機フッ素化合物が結構使われていて、スマホの液晶や汚れ防止のフッ素系コーティング、クーラーや冷蔵庫を冷やすためのガス(冷媒)などが代表的な例です。このほか、もっと一般的なものを知りませんか?料理で使う…

―あ!テフロン!

そう、テフロン。たとえば、東京ドームもテフロンの親戚みたいな物質でできていて、汚れがつかないようになっています。あとは、東京スカイツリーや本州と四国を結ぶ橋などの塗料にもフッ素系の物質が使われています。
 
―あと、フッ素というと歯のイメージがあるんですけど…

そうそう。歯磨き用のペーストですね。フッ素を歯につけておくことで、酸に対する抵抗力があがる効果と、歯のダメージを回復する再石灰化をより活性化する効果があるそうです。
 
―知らなかったです。おもしろいお話をありがとうございます。

いえいえ、少しでもおもしろいと思っていただければ。
 
―フッ素化合物をみつけたら山崎先生のことを思い出します!
インタビューは以上です。本日はありがとうございました。


山崎先生の「先生大図鑑」はここまで!
最後まで読んでいただきありがとうございました。


 
文章:ザクロ
インタビュー日時:2020年11月05日
インタビュアー:すだち
記事再編集日時:2023年07月04日
 
 
※授業の形式はインタビュー当時と変わっている場合があります。何卒ご了承ください。
※インタビューは感染症に配慮して行っております。


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