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『86-エイティシックス-』に漂う違和感と、読みづらい点とは

『86-エイティシックス-』、筆者である中年には読みづらかったのだが、色々と情報を集めて読んでみると面白いことが分かったので、書き出していきたいと思う。
そういう点で理解して読むと割と、読み進めるのは楽な作品であった。

この作品、第23回電撃小説大賞《大賞》受賞作だけあって、初めから絶賛されている。だからといって万人に面白い作品かは別問題である。
しかし、それらは選考委員の総評であるシリアス前提の話を見た場合である。
それを無視して、読んでみると、この作品はわりとバカ漫画的なノリであるというのが分かる。

特設サイトで試し読みでも読めるので、その部分を触れていきながら解説してみよう。

■作中から読み取れる違和感のポイント

序章 戦野に紅く雛罌粟の咲く

これが序章のタイトルなのだが、当然、紙ではルビを振っているけれど、「雛罌粟」の読みは『ひなげし』。他の呼び名はコクリコ、シャーレイポピーである。
結構、このサブタイトルだけで読者を選んでしまっているのが勿体ない。そして、突っ込み所も満載である。
この作品は西洋風の仮想世界が舞台なのに漢字で『雛罌粟』と語り、最後には現実の中国での故事まで語っているのは明らかに違和感でしかない。
余談となるが、この故事の人物は虞美人である。最近ではとある事から彼女の名が有名となったため、この故事が分かりやすくなった部分はある。

これらに関しては、作者が中二病的な美意識で文章を書いているとしか、考えられない。
序章という作品世界の導入部で作り物の仮想と実際の現実がごっちゃまぜな出だしで始まるのは、読者には分かり難い印象しか与えない。それを平然としているのだ。
だかこそ、難しい漢字で格好よく書く『中二病的な美意識』でないと成立しない。他の作品で例を出せば、『ありふれた職業で世界最強』における武器名がなぜかドイツ語縛りにあたる。少し例えにズレがあるかもしれないが、そんな感じである。

つまりはサブタイトルだけで、この作品の読み方を示した訳である。

ちなみにベストセラーの漢字使用率は20%以下などと言われているが、この作品、ページにもよるが漢字使用率が高い。しかも、ルビはカタカナだったりもする。明らかに読みやすさを捨てている。

 M1A4〈ジャガーノート〉

アマゾンレビューなどでは他の作品をパクりとかいっているが、作品内に登場する兵器の、この型式だけで借り物の世界で作られているのが明示されている。
おそらく元ネタは『M1A2』、アメリカ戦車である。ミリオタでなくとも、ラノベ読みなら、教養として割と知られていることだ。
ガンダムの型式でさえ、現実の型式を少しひねっているのに、これはド直球である。「雛罌粟」の使い方と見比べると設定の雑さが分かってしまう。

――ヴラディレーナ・ミリーゼ 『回顧録』

これは序章前の文であるのだが、この人物は序章を終えて出てくるのだけれど、この作品のヒロインである。一見、これで語られることは作品世界の説明に見えるけれど、実はヒロインは死亡しないというメタ発言でもある。

回想録(かいそうろく)は、記録あるいは文学作品の一形式で、ある事件、事象や時代に関する自らの経験を記したものである。また口述筆記させたり、他人の聞き書きによる著作もある。日本の新聞の多くは、記者による著名人の聞き書き(ロング・インタビュー)式回想の枠を設けている。回顧録(かいころく)又は回憶録(かいおくろく)とも呼ばれる。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

つまり、『回顧録』とある時点でこの物語は過去を振り返っていると明言されている。そして、この作品、死者が出ることはあらすじ時点で明言されているため、ヒロインが死なないことが確定しているのは違った意味でネタバレといってもいい。
そして、この部分はある種、重厚なシリアスモノを否定する側面であり、主人公とヒロインのセカイ系であるした方が、作者の説明とも整合性が取ることもできる。

そういった流れでもう一つ指摘するならば、人種差別が平然とされるのに、戦っている敵に対してはあまり軽蔑すらされない点である。
終始、敵を〈レギオン〉と呼ぶのだが、仲間の仇だというのに罵り言葉では呼ぶこともない。その代わりに同じ国の人間同士「豚」と罵り合っている。
これもセカイ系である理由である。
むしろ、後書きを読んでいると作者的には敵である〈レギオン〉の方が登場人物より、愛着を持っている節もあるため、軽蔑的な言葉がないとも思える。

これに関しても例をあげれば『新世紀エヴァンゲリオン』になる。この作品の敵は『使徒』、英語表記でも『Angel』である。言葉通りの意味でも、設定的にも「神の使い」を敵としている。言葉の意味だけでは本来、人間側が悪になってしまう。
それでも作中のキャラ達はそんな言葉の意味を考えずに、「神の使い」の名前を呼び続けて戦うのである。

同じく、セカイ系である『最終兵器彼女』も方向性は違うが似ている。ほぼ、敵の姿をみせずに戦争をしている点がそうだ。

■違和感を考慮して、この作品を読み続けると

この作品は売りにしているのは「戦死者のいない戦場」だが、後書きでは設定のザルに関しては作者、自ら語っている。
だから、重厚な設定は『キン肉マン』ばりに簡単に破綻している。

この作品は『進撃の巨人』のように閉鎖された世界で戦う話なのだが、その割にはボトムズばりに近い使い捨て兵器を出している。その点を冷静になって少し考えると、完全に設定が破綻していることはよく分かる。

ちなみに『86-エイティシックス-』での閉鎖された都市の面積は関東圏ほどとされている。この関東圏という表記も作中の設定資料にあるのだが、巻末ではなく、本当に途中に書かれている。ここでも物語を読んでいる中でいきなり現実の単語が出てきて作り物なのか、現実の延長か分からなくなる要素ではある。

ただ、関東圏ほどの広さは『進撃の巨人』の都市と比べる圧倒的に狭い。『進撃の巨人』の壁全体の面積は日本の面積の倍とされるからだ。

さて、これらのことで設定が破綻している点は金属の塊である兵器を使い捨てられている点だ。
序盤で閉鎖された空間だけ食糧を満足に作れずひっ迫している事実が明言されているのに、鉄、アルミ等の金属資材を湯水のごとく使う、使い捨てロボットを出して戦うことは物語、設定として当然成立していない。
この点を歴史である太平洋戦争の日本と置き換えると更に分かりやすいだろう。面積の狭さ、さらに長年戦っている設定は、大きな破綻があることが一般知識からも明らかである。

もっと言えば、この作品の軸となる差別的で貴族主義な考えが支配する社会で、農業、資源採掘などの肉体労働は誰がしているのか疑問である。
戦場を通しての情景は緻密に描いている割には、それを支える舞台裏はわりと描かれていない。この部分は張りぼてとなっている。
それが成立する世界はシリアス、SFではなく、やはりセカイ系のみである。

ただ、これは批判ではない。
本来、この作品は重い世界設定等を売り文句にしているのだが、作品を読んでいく上でこの情報は齟齬となっていると、いいたいだけである。作者もハリウッド映画を参考にしていると言っている以上、作品は若干ご都合主義になっている。

これらの点から評価すれば、『86-エイティシックス-』は洗練された中二病文学、次世代のセカイ系である。ただ、感想では具体的にこう書かれているのは見かけなかった。それよりもシリアス路線を軸に感想というが考えられている。

それはなぜか、この作品をシリアス路線と決めつけているのは時雨沢恵一氏の推薦文だ。

ストーリー、伏線、作中ギミックの使い方、戦闘描写、全体を漂うヒリヒリとした雰囲気、そしてラストの一文まで、文句なしの大賞作品。この戦いを”全て目撃する”のはあなた。――時雨沢恵一

今まで語った通り、この作品をよく読む上でこの推薦文がすべて正しい訳ではない。実際、作中ギミックでいうと作者も後書きで言い訳している部分もある。
本当は、この作品は設定ありきなキャラクター小説であり、舞台設定もセカイ系でご都合主義である以上、伏線、作中ギミックは意味を持たなくなる。
それは先に語った通り、この物語を振り返るヒロインの『回顧録』で始まるからヒロインは絶対に死なないことが保証されている。極端なことをいってしまえば、完結された話であり、伏線はないし、全ては決定事項である。

ただ、何も知らない状態で最初読んだときはただシリアス路線の作品と思い込んで読むから、逆にこれらの要素が引っかかりとなった。また序章で無意味に洗練された文章が普通のラノベと違いに理解できなかったので、つまずきとなっていた。
これが中二病感満載の文章でセカイ系な設定と気づくと、癖は強いが足をかける引っかかりとなり、まだ読みやすくなった。

そう読み取ると『86-エイティシックス-』の評価は、セカイ系なのに、セカイ系という認識が誰にもされていない、世間の感想と読書感がズレかねない作品といえる。
後、発売された時期からも完全にポスト・エヴァンゲリオンを脱却したセカイ系と見る事もできる。

また、『86-エイティシックス-』がシリアス路線であると勘違いしているのが顕著なのはコミカライズ版である。語った通り、同じセカイ系である『最終兵器彼女』や『ほしのこえ』を参考にした方が正しいのかもしれない。
これを戦場モノとして描くと違和感が大きい。それはこの作品が戦場モノとして成立していないからだ。

最後に一つだけ、『86-エイティシックス-』は電撃文庫以外に持っていっても駄目である。
他の出版社なら、開口一発目で分かりやすく書けと言われるだけだ。それに設定のザルも指摘されるかも知れない。
ただ、成熟して大人が読めるラノベ・レーベル、電撃文庫のブランドだから出せた作品でもある。
残念ながら、子供の読むラノベでないのが『86-エイティシックス-』である。

この点は漫画が成熟化して、大学生も漫画を読んでいると馬鹿にされていた時代と同じであり、ラノベが成熟化している証拠でもある。その文法を知らず、子供だましな作品として、年寄りが昔を懐かしみながら読むラノベでもない。
恐らく、こういった要素も電撃文庫のヘビーユーザーである読者であれば、無意識で読み取れる部分ではあるとは思う。

後、安里アサト氏は過去に角川ビーンズ文庫の新人賞にも応募しているようなので、こっち方面での作品も私は読んでみたいと思っています。
ぜひ、出版社の皆様、安里アサト氏の新シリーズをお願いします。読者は待っていると思いますので。

※2021/4/11 全体的に加筆を行いました。内容自体が変わるような変更はありません。

他にも『86-エイティシックス-』に関して記事を書いていますので、こちらも良かったら読んで頂ければ幸いです。


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