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銀河の形態(とそれにまつわる人間模様)

銀河の形には、まず思いつく渦巻きを持った円盤のあるもの(渦状銀河)以外にも、丸くて特に特徴がなさそうなもの(楕円銀河)、その中間的な円盤はあるけれど渦巻きがないもの(レンズ状銀河)、そして特に対称ではなく不規則なもの(不規則銀河)があります。ただし、これらは主に大きな銀河の分類で、数の上では圧倒的に多い小さな銀河の形は一般にはっきりせず、丸いか不規則かのどちらかです。

一般の銀河が銀河系の外、ずっと遠くににあって銀河系のように巨大な天体であることが分かったのは1926年のこと、有名な天文学者エドウィン・ハッブルの研究によりますが、存在自体はずっと前から知られていました。グルグルした渦巻きがあることから形成中の惑星系と考えられていたこともあり、惑星系形成の研究者が渦巻きの理論を考えていた時期があります。現代からみると正しくない理論ですが、物理学理論というのは確立した基本原理に立脚している限りかなり普遍性を持っています。この場合も、当時の惑星系円盤の理論は形成中の惑星系(原始惑星系円盤といいます)より実際はずっと巨大な構造である銀河でも通用します。

宇宙物理学上様々な重要な理論を立てたジェームズ・ジーンズは、惑星系の大きさの星雲の中の運動を考察して、1919年頃に銀河の形を運動から分類するアイディアを出しました。銀河の形は構成する物質の運動の違いによってある系列を形作るという方法はジーンズが最初に提唱したものです。ジーンズは、回転の速さによって丸いものから円盤状のもの、腕のないものから腕が発達したものという順番に進化していく系列であると考えました。そのアイディアに立脚し、望遠鏡による観測データによって実際の銀河を分類したのがジョン・レイノルズでした。レイノルズはジーンズの理論に従い、観測される銀河が楕円-レンズ状-渦巻きと分類できるということを1920年から1925年にかけて活発に議論しました。

先に名前の出たハッブルは、レイノルズとも頻繁に議論してアイディアを共有していたことが分かっています。その後ハッブルは、銀河の分類をより洗練された形に体系化し、音叉型分類と呼ばれる分類法を提唱しました。1930年代前後のことです。

銀河の形態の音叉型分類。渦巻銀河は普通のものと棒状の構造から腕が生えたもの(棒渦巻)に分類されている。(Graham 2019)

さて、自然科学では、過去の関連する研究を詳しく読んで、それに立脚して新しい研究を発表するのが昔からの習慣です。この場合、ジーンズやレイノルズが先に行った研究(先行研究と呼びます)を報告した研究論文や著書を、自分の著作で紹介するのが鉄則なのですが、ハッブルはジーンズについては他の研究者から情報をもらったにも拘らず「自分のアイディアはジーンズの理論にはなにもインスパイアされていない」という脚注をつけ、レイノルズにいたっては直接情報交換していたはずが論文中で一度も名前を出していません。これは、現代に比べるとだいぶ大らかであった100年前の研究業界であっても道義に悖る行動です。

その後他の研究でも大活躍し、宇宙論・天文学の大スターとなったハッブルの名声は大きく、この図もほとんどの著作で「ハッブル系列」として紹介されています。関連する周囲の人々によるはずの成果が大きな名声を得た人物の業績のように誤解される現象を「ハロー(後光)効果」と呼びますが、これはその典型といえます。しかし当然ながら、公平を期すならばジーンズ-レイノルズ-ハッブル系列と呼ばれるべきで、この分野を研究する最近の研究者はそのように呼びなおしている人も増えてきています。

話が逸れるので詳しくは他の稿で紹介しようと思いますが、ハッブルはその巨大な才能と業績で宇宙望遠鏡の名にも使われている天文学の巨人です。その事実は疑いもないのですが、他の協力者の研究をさも自分ひとりで出した成果のように書いて協力者の名前を出さない、理論家のアイディアは自分の議論には関係ないとわざわざ書いたり完全無視したりと、現代でいう「研究者倫理」はまるで持ち合わせていない人だったことが知られています。

宇宙物理の話に戻ると、ジーンズの考えた丸い中心部から円盤が発達し、腕が形成されるというシナリオはその後の銀河の理論的研究では否定されています。ジーンズからレイノルズ、ハッブルの考えでは楕円銀河は若い天体、渦状銀河は成長しきった古い天体ということになります。しかし近代的なシナリオでは、楕円銀河はむしろ渦巻銀河の合体で形成され、比較的年齢が古い天体が多いことが分かってきました。これは観測でも確かめられています。

少し難しくなりますが、肝心の形を説明する理論について紹介します。楕円銀河や渦巻銀河の中心の丸い構造(バルジといいます)は、多数の星が自分の重力でまとまった天体です。重力で1点に縮んでしまわないのは、星が乱雑に運動していて、ランダム運動のエネルギーと重力が釣り合っているからです。ここでも重力との釣り合いが出てきましたが、楕円体の星の系は回転で形を保っているのではないというのも古典的な理論と違う点です。これに対して、渦巻きのある円盤は回転による遠心力と自己重力が釣り合ってできています。大雑把にいうと、平たい銀河は回転が速いのです。これを専門的にいうと、角運動量が大きいと表現します。銀河の角運動量がここまで大きい理由は他の記事でも書いたようにまだ未解決の謎です。

ひとつ問題が残っていますね。そうです、渦巻きの理由です。ジーンズや彼以前の物理学者(正確には物理学者という概念が完成する以前のカントなど自然哲学者)は、落下しながら渦巻きができると考えていました。しかし銀河は釣り合った系で、星や物質は運動はしていますが全体として落下してはいません。銀河の渦ができる理由は大きく分けて2つあります。一つ目は銀河円盤の物質に波ができて、それが動きながら保たれるというメカニズム、もう一つは星が作られながら回転することで渦巻きになるというメカニズムです。

前者は、星の回転が一時的にある場所で遅くなり、そこを抜けるとまた元に戻るという、交通渋滞にたとえられる現象で、研究業界でも交通渋滞(トラフィック・ジャム)モデルと呼ばれています。この機構でできる渦巻き腕はとてもくっきりした目立つものになり、グランドデザインスパイラルと呼ばれます。一方物質が回転しながら星が作られることで生じる渦は目立ったパターンにならず、全体的にふわふわした渦模様になります。こちらは「羊毛状」渦巻銀河というタイプの渦巻銀河になるのです。後者の理論は1980年代の複雑系ブームで提唱されたもので、銀河も典型的な複雑系であることを意味しています。

(2022年9月2日)

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