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天体命名にちなむ苦労と言語学習のご利益

天体の命名、昔はギリシャ・ローマ神話の登場人(神?)物の名前が定番でしたが、今はいろいろな文化圏からの命名が増えてきています。そんな中、最近私たちが始めた研究で出てくる天体名も大問題で、かなり困っています。いくつかのグループが統一感のない命名をしているため、天体名の表がカオスの様相を示しているのです。

最近、ガイア(Gaia)という天文衛星によって、私たちの住む銀河系の重力場に捕らえられて壊れながら合体していく矮小な銀河が多数発見されました。これらの矮小銀河は銀河系の強い重力によって引き延ばされ、細長く伸びた形になっていることから、川にちなんだ名前を付けるグループが多いようです。これら矮小銀河は結構天体数があり、いくつかのグループが趣味的な命名をしている状況です。

その中で一番数が多いのが北欧神話系なのですが、この名前が古ノルド語を知らないとほとんど読めないのです。名前が読めないと天体についての議論もしにくく、弟子も共同研究者も途方に暮れているというわけです。 この事情は英語圏の人々でも大差ないでしょう。英語論文では以下のように綴られています。

Svol
Gunnthra
Fjorm
Fimbulthul
Hrid
Slidr
Ylgr
Sylgr
Leiptr
Gjoll

無理にカナ表記すればスヴォル、グンスラー、フィヨルム、フィンブルスル、フリーズ、スリーズ、ユルグ、スュルグ、ヴィーズ、レイプト、ギョッルで、まとめてエーリヴァーガル(Élivágar)と呼ばれます。これらはニヴルヘイム(黄泉の国)にある世界樹ユグドラシルの根の下にある3つの泉の一つフヴェルゲルミル(Hvergelmir、古ノルド語で「沸き立つ鍋」)から流れ出る11本の川の名前です。

今回私たちが研究対象にしているのはその11のうち10個の天体です。カナ表記を見ていただいてもわかる通り、古ノルド語の発音と綴り字を知らないと論文紹介するだけでも大変な労力を要します。というわけで、私の趣味の言語学習がこんなところで役に立つという好例になってしまいました。ほかにも出所不明の名前がついている銀河も多く、当分はこの傾向は続くのでしょう。語学学習のモチベーションになって個人的には楽しいのですが、英語でアップアップの人には厳しい現状です。

付記: 上の命名、古ノルド語の主格の表記として気になることもあるのですが、すでに論文で使われているので仕方ありません。主格を採用したなら問題ないのですが、人物名では主格のrを取って表記することも多いので気になっています。

(初稿: 2023年10月23日; 改訂: 2024年3月22日)

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