【実験小説】Case1:雨宮雪子の場合 1

人間は誰もいない場所で声が聞こえたとき、どのような反応をするのだろうか。

最初に考えられる反応は、本当に誰もいないか辺りを調べることである。そして辺りに誰もいないことが確認できると「ああ、空耳か」と自分を納得させる。

そこで再び声が聞こえたとしよう。空耳ではなく、まぎれもない誰かの声が聞こえる。そこからは二つの道に分かれる。超常的な何かが自分に呼びかけているのだと確信するか自分の精神を疑うかだ。

超常的な何か、神の啓示か悪魔のささやきか、異界からの呼び声が自分に聞こえていると感じる。そうするとその声は本人を別の現実に連れていくことになる。新しい現実が現れ、本人はその現実の主人公になる。神から与えられた使命を背負い、数々の苦難を乗り越え、新しい世界を手に入れる。

もう一つの道、自分の精神を疑うことになると、それは恐ろしい体験になる。まず自らが狂っていないことを確認するために、時計をみる。時計は正確に時間を刻んでいる。自分は今までと同じ時間の内にある。

次にあらゆるものを触ってみる。水は冷たいし、火は熱い。机は固いし、ベッドは柔らかい。触覚は確かだ。窓を開ける。空は青く、どこまでも遠い。鳥はゆっくりと空を飛び、車道を走る車の音が聞こえる。よしよし、自分はそんなに狂ってはいないようだ。

最後に誰かに話しかけてみる。家族でもいいし、恋人でもいい。彼らがいつものと同じように自分と接してくれるのなら自分はおかしくなっていない。

しかし、彼らに声が聞こえたことを話したとしよう。彼らも自分が狂っているのかもしれないという疑念を持ち、病院へいくことを勧めてくるだろう。観念して病院へ行くと医者はこう言う。

「ああ、よくある話です。この精神安定剤を飲んでゆっくり眠ってください。眠るのが一番の薬です。あなたは疲れているんです。よーく眠って、脳を休めるんです」

医者の忠告を聞き、薬を飲んでよく眠る。声のことはいつしか忘れる。

これが声が聞こえたときの一般的な反応だ。結局はそれがなんだったのか、他人にも本人にもわからない。ただ、これだけは確かなことだ。それは本当に起りうることなのだ!

本報告書の調査結果が私たちの知るべき事柄に属するか、あるいはそれに値しないかは、そちらの判断に任せる。各分野の専門家からの意見を元に、包括的な判断がなされることを望む。

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