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朝比奈秋「雪の残照」

春、雪解け頃の津軽の景色から始まる。主人公は僻地医療に派遣され村の診療所にいる。今から往診らしい。
題名が「雪の残照」なもんで、若い医師と美しい村娘との恋模様かと思った。
180度違った。ここは漁師町なのだ。ここでは漁師たちの前近代的な凄まじい土着の思考と行動が、罷り通っていた。なんというか中上健次的世界と言ったらいいか。ただし神話の要素はない。

 村は新しく近代的な五階建ての病院を建てる計画がある。(診療所しかない漁村に、なんでそんなでかい病院建てるんだろう?)
その承認を漁業組合から取らねばならない。(なんで病院建てるのに、漁師の承諾がいるのだろう?)
そのときの話を役場の人間から聞く。
 まるでヤクザの事務所に願い事に行くほどの恐ろしさである。そういえば、昔からヤクザは漁師には手を出さなかったとか。それほどに漁師は恐ろしいものなのだ。
 それでもなんとか町長は主だった漁師たちの承認の血判(!)を手にいれる。と、同時に漁師たちの衰退のありさまも目にし予感する。
「ここの漁師も、普通の職業に成り下がる」(普通の職業でいいでしょ!)

 何と言うか、一昔前の地方はこうであったのか。地縁血縁暴力理不尽内輪の掟面子に序列。なんという恐ろしさ。私も地方出だが、こんなことは聞かなかった。聞かないだけであったのだろうか。西の方なので、東とまた事情が違ったのだろうか。

 前近代的な強固な組織が崩壊する様が「雪の残照」なのかも知れないが、そんなこと考える余裕はなく、私の生まれがつくづくこんな感じでなくてよかったなあ、と思ったことであった。

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