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六帖「末摘花」角田光代訳源氏物語(色男のはるか上いく存在感)

「源氏物語」序盤で、いっちゃん好きな巻である。

絶世の美男子光源氏は、退屈していた。言い寄れば女はみな靡くし、頑なな女も、それを貫くかと思いきや、つまらぬ男と結婚したり、なんだか物足りない女ばかりなのである。
それで、草深き寂れた屋敷にこそ、自分が求めるような姫がおるのやも、と夢のようなことを思ってみたりする。
が、それが現実のこととなる。亡き常陸親王の姫が、荒れ果てた屋敷に取り残されたように住むと聞いたのだ。
美しき深窓の令嬢と勝手に妄想した源氏は、早速文を送る。返事がない。益々じれて、また送る。返事がない。これはきっと自分が相手にされてないと貴公子の血が騒ぎ、うかうかしてると頭中将に先を越されると、邸に乗り込む。契りを結ぶが、なんだか想像してたのと違う。随分日を置いて、どうも気になるのでまた通い、朝、姫の顔を見る。
末摘花は家柄は宜しいが、貧乏で調度品はみな古びて色褪せている。着る物も流行遅れで野暮ったい。まともに歌も読めない。極度の恥ずかしがり屋で、語りかけても反応がない。体は痩せて、顔は長くて、鼻先が赤い。それで末摘花。
なんだが、私はこの巻が好きである。あのなんでもできる絶世の美男子光源氏が、末摘花の前では調子が狂う。末摘花のトンデモな姫っぷりも笑えるし、もうそれを苦笑するしかない源氏にも笑ってしまう。末摘花は、そのできなさ加減がなんだかかえって可愛いらしい。源氏もそう思ったのだろう、もう通う気はなくても経済的な援助はする。二条院に戻って、自分の鼻を赤く塗ったりして、若紫に笑われたりする。なんだか嫌味なスーパーマンでなくて、源氏に初めて人間味を感じる。

源氏はまだ若い。自分の美貌に自惚れもし、自分の才能に溺れもしている。まだ、人生の苦難を味わっていない。早くに母を亡くしたのは不憫だが、臣籍降下したことで返って自由を手にしたように見える。桐壺帝が亡くなるまで、若さの驕りは美しく続いていく。まずは、その若さゆえの驕りの春に付き合おう。上り坂の人を見るのは心地よいものだもの。

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