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アイスネルワイゼン三木三奈9

第9場面 駅のロータリー

家を出る時、琴音は優に小学校時代の鬼ごっこの話をする。優は「今だって走れる」と励ます。
駅に向かう車の中で、音楽の話になる。普段は音楽を聞かないという琴音に、「ディズニーの曲は元気がでて明るくなる」と勧める。
家族ができたら、一緒にディズニーランドに行こうと誘う。
優は琴音を勇気づけようとする。走ろうと思えば走れる。明るい未来だって描ける。それを伝えようとする。
ロータリーで二人だけになって、優はまた妊娠のことを持ち出す。
病院に行ってちゃんと検査すること。
ひとりが怖いなら彼氏さんといくこと。
彼氏さんが無理なら自分がついていってもいいこと。
優は心から琴音のことを思って言っている。
それに対して琴音は息子のメモのことを持ち出す。

あの紙、優の目、見えるようにしてくださいって書いてあった。

純粋な善意に対する悪意。それを聞いてしまったら、優は、息子にそう書かせてしまった自分を責めるかも知れない。息子にも同じ運命を背負わせた自分を責めるかも知れない。それを慮って、敢えてした"思いやりの嘘"を、それが嘘だと暴露する。勿論そこには、母を思う息子の気持ちも読み取ることができる。けれど琴音は、息子がそのメモを読んだ両親の反応見たさに、部屋を抜け出したことも知っている。息子の興味は、むしろそちらにあったのかも知れない。
続けて琴音は、
「言わないと、気持ち悪いから」と、言ってしまった理由を言い、自分について、
「最低でしょ」
「嫌いになって欲しい」
「嫌いになって欲しくて言った」
と言う。

自分という人間を、琴音は自覚した。
自分は、大学に行けなくなった友達が泣いてる横で、外国人のイケメンとイチャイチャできる。
自分は、目の見えなくなる友達の苦しみにまるで関心がなく、「そうなんだ」の相槌しかうたない。
自分は、子供ができたことを本気で心配してくれて、病院にまで付き合おうという友達を、多分ウザイと思っている。
自分とは、そういう人間だ。他人に無関心で、他人を傷つけても平気で、自分のことしか考えなくて。
そんな自分が"思いやりの嘘"をつくなんて、「気持ち悪いから」「言わないでいるの、気持ち悪いから」。
だから、本当のことを言った。琴音は"思いやりのない本当"のことを言う女なのだ。
優と別れて改札に向かい、ふとロータリーを振り返ると、優の車はない。
気がつけば、琴音の周りから、人がいなくなる。

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