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【短編小説】丸出だめ夫

 今日はタツが休みじゃった。どうせまた、父ちゃんの手伝いさせられとんのじゃろう。と、思っていると。
「まずいのー! なんじゃこれ。人の食うもんじゃねえど」
まあた始まった、相良の給食クサシが。旨かろうが不味かろうが、黙って食え。バカモンが。まあ、確かに、そんなに旨くはないけどな。

 ヒジキの煮物に、ナスと竹輪と豆が入っている。あと微かな肉片。

 それがオカズ。あとコッペパンとマーガリン、脱脂粉乳。
 まあ、確かに、すこぶる旨いもんでもないが。じゃ、ひどくマズイかというと、まあ、そうでもない。普通だ。だが、給食ちうもんはそういうもんだろう。
「相良くん。そんなことを言ってはいけませんよ。味は人それぞれなんですから、美味しいと思って食べてる人もいるんですよ。自分の味覚を人に押し付けてはいけません」
言葉遣いは優しいが、担任の女先生が、キリリと言う。ザマァみさらせ。
しかし、我儘相良はそんなことでは治らない。
「こんな真っ黒な食いもん、食べれる方がおかしいわ」
「あら、相良くん家は、ヒジキが出ないの」
先生が言う。
「出ても、食わん」
相良ん家は、爺さんが内科の医者をやっとる。親父は確か役所勤め。不自由はないんで好き嫌いが通るんじゃろうか。
「なんでも食べなきゃだめよ。見てごらんなさい。皆んな、ちゃんと食べてますよ」
まあ、大好きちうことはないけどの。
「ほら、カナコちゃん、きれいに食べてる」
ああ、言わんでもええことを。カナコを見る。アルマイトの食器には、ヒジキ一本残ってない。
「カナコ、お前、なんでも食うな」
相良が、いかにも見下げたように言う。コイツ!と思って声を出そうとしたら、その前に幸子が怒鳴った。
「相良! うっせえんだよ。黙って出されたモン食やぁええんじゃ」
「なんじゃと、電器屋。俺とお前じゃ、普段食うとるもんが違うんじゃ!」
相良が立ち上がる。おお、幸子になんかしよういうんか。よっしゃ、喧嘩買うたるわ。ワシも席を立つ。
え? 他にも立つ男がおる。全部で四人! き、競争率高いのお。
 とまれ、男子五人が立ち上がって相良はビビる。かと言って、このまま謝る訳にもいかんじゃろう。やるか。でも、一対五はのう、とためらっているうち、カナコが言った。
「なんじゃ、相良、オカズ嫌いなんか。なら、うちが食うちゃろうか」
 なんとも呑気な声。自分が当事者なのだと、まるでわかってない。
「お、おう」
と、なんだか強がり言うがホッとしたような声で、相良が座る。立ってるワシらも、仕方ないんで座る。
カナコは相良のヒジキを旨そうにかっ込んでいる。呆れて見ていると、
「山本、お前もヒジキいらんのか。食うちゃろうか」
と言う。さすが、カナコには敵わん。ワシは諦めて、給食の続きを食った。

 給食の後、ごちそうさまの前に先生が言うた。
「今日はタツくんがお休みなんで、誰がパンとマーガリン、お家に届けてくれますか」
「はーい」とカナコが手を上げる。
 カナコの家はタツん家に近い。持っていくのはカナコに決まっているのだが、先生は一応みんなに訊く。なんか面倒くさいことじゃ。
と、さっきの恨みか、相良が茶々を入れる。
「カナコやらに持っていかしたら、途中で食うてまうど」
今度は教室がドッとわく。どうやら幸子には味方してもカナコには味方せんらしい。
「食べません。いままで、いっぺんも食べません」
カナコは誤解を解こうと必死である。そんなんわかっとるのに。
「わかっちょる。毎度、ごめんねえ。カナちゃん」
先生がプリントで包んだパンをカナコを渡す。カナコは大事そうに、それを赤いランドセルにしまった。

 山田川の護岸工事が続く中、日雇いの労働者達が町に集まってきた。駅から少し離れた三丁目辺りにいつの間にか安アパートが立ち、よそ者がいつの頃からか住み着いていた。ただカナコの一家は家族で越してきたので、もう少し広い二丁目の借家に入り込んでいた。三丁目のものよりか幾分は広いがその代わり随分古い。しかも周りは土地者ばかりである。カナコ一家は周りに馴染めず、近くのタツの家族とだけ仲が良かったようだった。タツの家も親父が酒飲みで、やはり近所からの鼻摘みであった。
 学校が引けて家に帰る時、幸子に言われた。
「お前、二丁目でカナの家に近かろう」
「近いが、なんじゃ」
「給食のことで、相良は面白うないじゃろうから、それとのう帰りはカナコ、気をつけちゃりいよ」
「わかっちょる」
相良は蛇みたいな男である。このまま引き下がるとも思えん。幸子に言われるまでもなく、そうするつもりではあった。
「あたしも、それとのう付いて行くが、途中で別れるけえ」
「おう、後は任せちょれ」

 案の定、二丁目の木橋の所に相良とその腰巾着がおる。腰巾着は相良に奢ってもらうんで子分のふりをしちょる。それに気づかん相良は哀れなやつである。
「おい。待っちゃれい」
低めの声で、相良が怒鳴る。カナコは、まるで無視して歩いて行く。聞こえてないようだ。
「おい。まっちゃれい」
更に再び。しかしカナコには、まるで通じない。そのまんまスタスタと、大角さんの家の角を曲がって行ってしまった。
「おい」と更に押して何度か相良が怒鳴ったが、のれんに腕押しであった。
 可笑しくて笑っておったら、相良がワシに気づいた。
「やまもとー! 今日はことに気に食わんのお」
「なんじゃあ、やるんか」
おい、と言って四人の子分が相良の後ろにつく。こんならあ、全くプライドちうもんがないのう。ワシなら恥ずかしゅうて、よう喧嘩せんわ。
 四人じゃろうが五人じゃろうが、売ってくるんなら買うのが男じゃい!
 始まったらまず、相良に一直線じゃ。他のもんに捕まる前に、相良の鼻に一発お見舞いする。鼻をやられると涙がでる。男が泣けば、それで喧嘩は仕舞いじゃ。速攻一発じゃ。光速エスパーじゃ。

 あっという間に、のされた。やっぱり一対五には無理がある。木橋のそばで伸びておると、井田が通りかかった。
「おう。喧嘩か。派手にやられたのう。相良か」
「ほっちょけ」
「服が泥けちょって、哀れじゃのう」
「うるさいわ」
「可哀想なんで、やるわ」
と、鞄から漫画本を取り出して、ワシの胸に放る。
「漫画じゃ。"丸出だめ夫"じゃ。オモロいでよ」
痛いのも忘れて、取り上げる。
「ええんか、もろうても」
「ああ、散髪屋でもろうたんじゃ。俺はもう読んだ。山本はこういうの好きじゃろう」
散髪屋か。確かに頭がスッキリしとる。
「散髪屋ちうたら、紙芝居屋のそばのか」
「おう。じゃが、親父はもうやらん言いよるど。紙芝居じゃ儲からんちうてな。今はアイスキャンディー屋じゃ」
「冬は?」
「冬は焼き芋屋じゃ」
「考えたの」
 こうしてワシは初めて自分の漫画本を持てた。嬉しくて、顔の痛みも忘れた。
"丸出だめ夫"をワシは一万回は読んだと思う。中学になると、ワシは親に隠れて漫画を買うようになるが、それはまた後のことである。それから、漫画を書き出した。"丸出だめ夫"を読んでいると、自分でも書けそうな気になってきたからだ。最初が"鉄腕アトム"でなくて、ほんとに良かったと思う。

坊主、赤マントがそんなに好きなら、先を自分で考えい。泣いてもつまらんばっかりじゃ。

 まこと長屋のおばちゃんの言う通りであった。自分で考えて描けば、なんでも自由自在であるのだった。

          了

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