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バンド活動

それからも数人と接触した後、音楽学校出身でスタジオミュージシャン経験もあるという人とバンドを組む事になった。
私たちより年上だが年齢は関係ない。
最初は課題曲を提示してスタジオに入った。
 
課題曲を演奏している時は思わなかったが、即興演奏をしている時に
「とんでもなく演奏能力の高いギタリストかもしれない」
と思い始める。
 
即興演奏は常に手探り状態で曲の終わりも決まっていない。
相手の変化に対応できるように耳を敏感にしていなければならない。
演奏しているとある瞬間、魔法のようにピタっとハマる時がある。
まるで予め決めていたように。
それが面白い。
 
人には得手不得手がある。
彼は即興演奏が得意だった。
制限しなければ10分でも20分でも延々と弾いていられる。
しかしキッチリ決まった演奏は苦手なようだった。
他人の曲のコピーを演奏している時は窮屈そうに感じた。
でも私が即興で作るどんなコード進行の曲でも即座に対応する。
その長所を生かせるバンドにすればいいと思った。
 
2週間に1度、土日どちらかで2時間のスタジオ入り。
2時間に慣れてくると3時間入る事が多くなった。
各自チューニングして音を出す。
誰かがきっかけとなるフレーズを奏でる。
大抵は私が予め考えていたフレーズか、その場で思い付いたフレーズを弾き出して始まる。
それに2人が対応していく。
大体30分ほど。
それが終わると一息つく。
 
演奏中はアイコンタクトが必須だった。
自分の手元だけを見ていると見逃す事になる。
そのアイコンタクトが何を意味するものかも探らなければならない。
テンポを変えるのか。
音量を落とすのか。

常に緊張状態で演奏している。
そうするとリラックスした曲ではなく緊張感溢れる曲が多くなってくる。
最初の頃は2時間スタジオに入っただけで終わりにはみんなヘトヘトだった。
 
演奏は問題なかったが楽曲作りは難航した。
私は2時間のスタジオで自分の弾くフレーズもギタリストの弾くフレーズもほとんど覚えている。
2週間後のスタジオで
「前回やったあの時のフレーズ弾いてよ」
とギタリストに言うと彼は覚えていないと言う。
それを基に曲を作ろうと思っていた私は落胆した。
 
私は自分が弾いたものは覚えているのが当たり前だと思っていた。
他の人もそうだと思っていた。
楽曲になるかもしれないから覚えているのか、単に個人の記憶力の違いなのかは分からない。
 
私1人で曲を作って、これを演奏しようと言うのは簡単だった。
楽譜に記してある曲、デモテープまで作ってある曲は数十曲分ある。
しかし、それは私の曲であってバンドの曲ではない。
私はバンドリーダーにはなりたくなかった。
3人が平等でいられるバンドにしたかった。
3人で演奏する楽曲だから3人で作りたかった。
私以外のアイディアを取り入れた楽曲を演奏したかった。
 
スタジオ内には録音できるようにマイクとカセットデッキが常設してある。
ただし天井付近にマイクが設置してあるので音のバランスが悪い。
120分テープで開始から終りまで録音する。
自宅に帰ってから聴き易いように音質を調整して、演奏以外の部分をカットして編集する。
最低でも2回は同じテープを聴く。
そうやって編集したテープを2人に渡す。
2番目に演奏したこの部分を曲にしようと提案できるように。
 
数年間で録音したテープは膨大な量になった。
月2回のスタジオだと1年間で120分テープ24本になる。
時間にして48時間。
その24本から今度は1年分の編集テープを作る。
1年分のテープは60分か90分に編集する。
それを聴いてこの部分を曲に発展させたらどうか?と2人に聞く。
そうやってバンドの楽曲を作っていった。
 
7年くらいバンド活動してまともな曲として残ったのは4~5曲くらい。
1年間に1曲も作れていない。
曲と言ってもテーマがあってギターソロ、またテーマに戻って終了。
ソロ部分はベースソロが入ったりドラムソロが入ったりもする。
楽曲の構成としてはロックではなく完全にジャズだった。
 
私は即興演奏のできるロックバンドを作るつもりで始めた。
もっと起伏のある展開の多い楽曲構成にしたかった。
ロックの音で演奏するジャズバンドを作りたかったわけではない。
 
しかしテーマ部分しか作らないのに4~5曲はいくらなんでも少なすぎる。
曲名も決めていない。
正式なバンド名さえも決めていなかった。
 
活動期間の後半でライヴハウスにも出演した。
出演するためにやっと仮のバンド名を付ける。
横浜にあるライヴハウス。
私たちの他に2組が出演する。
その4~5曲だけで出演するのは私にとって本意ではなかった。
持ち時間が1時間あったとするとソロ部分の演奏時間を延ばせば4曲でも間に合わせられる。
観客は延々とギターソロを聴かされるわけだが、弾いているギタリスト本人は気にもしていない。
ギターソロが退屈なものにならないように私はベースで起承転結のある展開を即興で作る。
 
「演奏が上手いね」
と褒められるより
「良い曲だね」
と褒められるほうが嬉しい。
そうでないとオリジナル曲をやっている意味がない。
演奏が褒められたければ他人の曲のコピーだけやっていればいい。
他人の楽曲なら元の曲より上手いか下手か判断してもらうのは簡単だろう。
 
私は演奏するより作曲や編曲が好きだ。
自分の頭の中にある音を具現化するために演奏する。
楽曲を具現化するという目的のために演奏という手段を用いる。
楽器を演奏しながら作曲すると、手癖で弾いてしまう事がある。
そうならないように初めは頭の中だけで曲を作る。
曲を作る時はメロディーだけではなく全パート作る。
メロディーに対するカウンターメロディー。
その後ろで鳴るコードバッキング。
ベースやドラムから作り始める場合もある。
作曲と同時に編曲もしている事になる。
音を具現化してくれる人が他にいるなら、自分は演奏せずその人に任せてもいいと思っている。
 
ギタリストも自分の頭の中にある音を具現化するというのは一緒だが、自分が演奏するというのが絶対条件だったのだろう。
だから自分の弾くギターのフレーズしか頭の中にない。
「そのフレーズにはどういうベースラインを考えてる?」
と聞くと考えてないと答える。
ベースラインを作るのはベーシストの仕事と考えているからだろう。
曲のために演奏するのではなく、ギターを演奏するための曲という捉え方をしている。
演奏するという手段が目的になっている。
演奏するのが目的なのでフレーズは頭の中に記録されず消費されていく。
それを基にして楽曲を作るという発想を持っていない。
だから忘れる。
同じ曲を弾いても前回と少し変わってしまう。
記憶していないから。
だからきっちりした演奏が苦手なんだと理解した。

少しずつ私とギタリストの間に溝ができ始めていく。