見出し画像

第66回グラミー賞反省会 「白い平凡さ」は白くないかもしれない、それが問題だ

 第66回グラミー賞授与式の雑感。もろもろのあらすじは↓

予想どおりでいつもどおり

今回クロスオーバー出願が多かったが、勝ったのはみな単ジャンル出願
  • 予想どおりのBIG4:すべてオッズどおりの結果。くわしくは前記事の後半に書いたけど「もっとも勝ちやすいノミニー」がストレート勝ちした。BNAヴィクトリア・モネは最多ノミニーでありエンジニア受賞者。ROTYマイリー・サイラスはディープ演奏の懐メロラジオヒット。SOTYビリー・アイリッシュは少人数による伝統的ソングライティング。AOTYテイラー・スウィフトはソフトでコンパクトな広範リーチ

  • AOTY迷子:かぶりがちだったROTY/SOTYはそれぞれの評価軸が確立されてきた一方「安全に広く受け容れられるエンターテイナー賞」みたいになってるAOTYが荒れやすいのは致し方ない

  • オルタナポップに居場所なし?:オルタナティブ部門でラナ・デル・レイが全敗しパラモアがサプライズ勝利。まぁパフォーマンス評価なので演奏づかいに秀でていたバンド/演奏者が強いだろう。この傾向はアルバム部門でも同様。ソリストであるセイント・ヴィンセントとフィオナ・アップルの受賞作は楽器演奏、その技術や実践の卓越性が前面に出ていた。問題は、デル・レイやキャロライン・ポラチェックといったオルタナポップの才能を表彰する場所がほぼない状態だ。ポップ部門はチャートトップのスターでいっぱいだから指名の余地から限られている

  • お前がはじめた物語:メガヒットを記録した若手カントリー男性冷遇はナッシュビルおよびグラミーコミュニティでも問題視されたらしいが、ふたをあけてみればカントリー部門を席巻したのは相変わらずベテラン男性&若手女性。ジャンル部門すらこの状態ならBIG4指名なしは仕方がない「お前がはじめた物語(©進撃の巨人)」状態である。裏返せば、業界の慣例どおり一年とおして選挙運動につとめたアクトが報われる体制とも言える

  • R&Bは富を分配する:R&B部門もひきつづきビッグスターには一掃させないアダルトジャム志向。パフォーマンスではココジョーンズ"ICU"がSZAのメガヒット"Kill Bill"をやぶり、トラディッショナルパフォはサプライズで楽器演奏に秀でたPJモートン。まぁカテゴリの評価軸として順当な采配に思う

「平凡さ」の正体

 豪華候補がせめぎあった第66回グラミー賞は、一にも二にも「いつものグラミー」に終わった。授賞前にJay-Zが名誉賞スピーチで釘をさしたように、もっとも波紋を呼んだのはAOTY。テイラー・スウィフトの『Midnights』はきちんとしたポップヒットという趣で、メディア予想記事で「ファンすらAOTYにふさわしいとは思っていない」と書かれる扱いを受けていた。歌手陣営もそうした評判を認識していたからこそ旧作テーマのコンサート写真を前面にして「社会現象となったベストヒットツアーの成功」を押し出すキャンペーンをはったのではないかとも言われている。ともあれ、このたび25年目となる「黒人女性が穫れないAOTY」記録は今後も更新されてきそうだ。今回有力視されたSZA『SOS』は配信と評価で『Midnights』を超え、アダルト白人層にもリーチするラジオ記録を樹立した上でレーベルの最優先キャンペーン投資対象だった(レーベルのキャンペーンプッシュが一枠一人制の場合、アデルやハリー・スタイルズと同僚のビヨンセは分が悪い)。
 AOTYが反発を呼びやすいのは、ほか部門とちがって評価軸がはっきりしない「どこか壊れた状態」だからだろう。テイラーに四回も勝たせた一方ビヨンセ、ケンドリック・ラマー、ウィークエンド、SZAを全敗させたor締め出した結果、もはや人気でも評価でも自作でも演奏でも説明がつかなくなっている(キャンペーンあるいは有権者支持の範囲、つまり広範リーチが一旦の答えな気がするが)。こうして「卓越性」を標榜しているアワードが「白い平凡さ」と呼ばれるようになった現象は不躾だけど笑ってしまう。これは「ブラックエクセレンス(黒人の卓越性)」という言葉の対義語スラングで、要するに「あきらかに文化的影響力ある黒人アートは売上や評価を達成しても無視されて平凡な白人作品ばっかり勝っている」皮肉を意味している。
 ただ「白い平凡さ」と思われているものはせいぜい「平凡さ」かもしれない。個人的に「平凡」とは思っていないし失礼な表現だから、言い換えるなら「若年音楽ファンから革新的/画期的とは思われにくいソフト/オールドスクールなクリエイティブ」だろうか。というのも、受賞結果を俯瞰すると、アワードキャンペーン中にSZAが言ってたことが的を得ていた気がするのだ。

SZAの見解では、音楽業界の黒人評価は階級主義的だ。「50もの楽器が弾けて、正しい学校に行き、正しいプログラムをこなし、正しい人脈を築いている」黒人ミュージシャンしか表彰しない。「私はそういうのが嫌い。ブラックエクセレンスとは、NBAヤングボーイが作品をつくって、心から語りかけ、マイクに叫ぶこと」

SZA’s Ruination Brought Her Everything - The New York Times

 グラミーBIG3で勝ちやすい候補の特色は2つ。①スタジオミュージシャン、ソングライター会員に評価されやすい楽曲。前記事で呈したROTY/SOTY定番の有機的なアコースティック演奏、懐メロ、伝統的メロディを持つ伝統的少人数体制のソングライティングといったところ。近年黒人としてBIG3を獲ったジョン・バティステやH.E.R.は「卓越」した熟練としてSZAの言うグラミーコミュニティで尊敬を集めるタイプである。②穏当な内容。キリスト教系や童謡などを専門とするポピュラーミュージックにうとい層にも届きやすいこと、そしてさらに多くを占めるであろうコンサバ派に許容される作風である。たぶん、この軸には歌詞も含まれる。取材によると、唯一(当人による)キャンペーンをほとんど展開しなかったマイリーの「Flowers」が「今年の代表にふさわしい唯一のポジティブ楽曲」とされた一方、SZAの「Kill Bill」の元カレ殺害テーマ、『SOS』の「暴力的で淫乱な歌詞」は拒絶を引き起こしていたようだ。
 この①②バイアスがある程度機能しているなら、性的に露骨な内容で暴力表現が多い……いうなればモダンで「イケてる」R&BラップスターはBIG3勝利が困難な環境となる。「流行りの曲はセックスやドラッグばかり」と厭うアメリカ人は結構多く、SZAが言ったような(R&Bやソウルを含む)グラミーコミュニティの中枢も例外ではなさそうなのだ。黒人スターであるチャイルディッシュ・ガンビーノとリゾのBIG3受賞作の場合、①②両方を備えていた(だからこそ「白人向け」と言われやすいんだろうけど……)。
 BIG3は「目立たないけど数が多いコンサバ有権者」にもリーチしないと勝ちづらい。AOTYに関しては、キャンペーン事情が加わることでアジア市場でもウケるようなソフト作風ポップスターの勝機が増す。こうして勝者がいわば「中道/穏健」カラーにかたむく。米大統領選挙でたとえるなら、芸能界やインターネットでサンダースやラマスワミが人気だろうと、勝てる候補は広範リーチのバイデン、そして実は重要政策において柔和で中道寄りなトランプである。まぁグラミーレースは競合ノミニーとのバランスが重要であり、大統領選と同じくなにが起こるかわからないのだが。

陰惨な授賞式

 授賞式中継の感想。視聴率獲得のためか多くのカテゴリがプレ式にまわされ、本中継では削りに削ったBIG4+5部門のみ。パフォーマンスもほとんど人気者と大御所。実質最多受賞で感動的なスピーチを行ったboygneiusすら(メインショーでは)ほぼ出番なしの処遇だった。「史上初のTV中継勝者すべて女性」はおめでたいことだし新規会員追加の努力の成果だろうけど、キラー・マイク複数受賞の快挙がプレ式に回された結果でもある。彼らが本中継で演説してたらもうちょっと爽やかな余韻を残しただろう。

 メイン授賞式はとこどろころ変な空気がただよっていた。ラップ部門がすべてプレに回された結果、全敗が決定しながら終盤にパフォーマンスさせられたトラヴィス・スコットはステージで不満表明。受賞演説にしてもゴタゴタし、ストレートに好評を博したのはマイリーとモネくらい(前者はパフォーマンスも素晴らしかった)。「勝ち慣れている」枠のビリーは控えめな態度をたもち、テイラーはサブ部門演説を新作宣伝の場にした。なんだか陰惨な余波をもたらしてSNSで暗い話題が拡散されてしまっていたし、実際に授賞式の裏舞台では「PRの失敗」としてスターのパブリシストが駆けずり回っていたらしい。PR上のやらかしは飲酒もあったかもしれないが、全体的な暗雲に関しては、結局口でなんと言おうとほとんどの参加者が賞を欲しがっていることに起因する気がした。じゃないとハードな選挙運動なんてしないだろう。SZAがキャンペーン中に放った言葉が予言となったのであった。

「黒人アーティストたちがこんなひどいことを当たり前のように受け止め、世間が騒がないことに心底うんざりしている」とSZAは言った。彼女の言う通りだ。「授賞式の会場って、私が人生で経験したなかでも一番変な場所かも。あの空間は、そこにいる人たちの期待でいっぱいなの。注目されたい、認められたい、賞を獲りたい自分は価値のある人間だと認めてもらいたい、と誰もが願っている グラミー賞がすべてじゃないけど、私たちにとって意義あるものであることに変わりはない。でも重要なのは、その場に自分がいたということ。それが大事なの」

SZAロングインタビュー 葛藤を歌うシンガーの新たな季節 | Rolling Stone Japan

関連記事


よろこびます