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庶民を演じ、聖域を売り始めるポップスター

 アメリカ合衆国にパンデミック危機が到来した春、大金持ちの立場から「私たちはみんな一緒!」と善意の「Imagine」大合唱をしたハリウッドスターが叩かれまくった事件はBLOGOS記事で紹介したのですが。

 人気セレブリティたちが庶民とは別世界のお金持ちである事実がより目立った2020年、ポップスターたちの作品はどうなったのか。ここで面白いのが、Pitchforkの指摘。『たくさんのポップスターが労働階級のヒーローになろうとしている』。

 ポップスターたちの労働階級、いわば庶民ごっこの先駆けとなったのは、1月にドロップされたフューチャー&ドレイクの『Life Is Good』。

 普段はゴージャスな物欲主義を自慢するラップスターがゴミ収集やファーストフード従業員、自動車修理工になっていくユーモラスな仕事讃歌は年間最大ヒットのミュージックビデオになりました。

 このあと、春ごろから米国のパンデミック危機が深刻化し、エッセンシャルワーカーへの支援や称賛も増えていく。一方、ポップスターはどうしかたというと、お得意の豪華MV制作が難しくなったため、ドレイク「Toosie Slide」やアリアナ・グランデ&ジャスティン・ビーバー「Stuck with U」など、綺麗で大きな豪邸での撮影が流行しました。この3〜4月ごろって、前述のガル・ガドット「Imagine」合唱事件など、経済や境遇の格差に無神経なリッチなセレブたちの性善説が顰蹙を買っていた頃となります。記録的な失業率が報告され、先行き不明の不安が高まった頃なので、バッシングが起こりやすかったとも言えます。ジャスティン・ビーバーにしても、大豪邸をお披露目する「Stuck with U」の少し前、妻ヘイリー、モデルのケンダル・ジェンナーと行ったInstagram Liveでレディー・ガガ的な啓蒙のようなことを言おうとして失敗しました。「僕らはなんて祝福されてるんだ」「懸命に働いたから自分たちの生活に気後れはしないけど、困っている人がいることについて考える時間をとることが大事だと思う」etc。ネットでは「スター様、私たちが存在すると認めてくれてありがとうございました」みたいな嫌味が飛び交うことに(ジャスティンが経済的に苦労してきて、過酷な労働によってスターになったのは事実なのですが)。

 顰蹙も買ったジャスミンですが、9月には「庶民」を演じる「Holy」MVを公開。仕事と家を失った石油労働者が神の思し召しによって?軍人の善意に助けられる、みたいなキリスト教保守っぽいストーリーになっています。ユーモラスな「Life Is Good」と違ってストレートなので、Pitchfork筆者から「虚構」と低評価喰らっております。

 この他にも「Life Is Good」の影響なのか、シティガールズ「Jobs」などラップ界隈でファストフード従業員になるMVがブームになり、ハイムなんかも「Man From The Magazine」を撮った。元々労働階級を演じるような音楽スターの文化はあるわけですが、もっとも今っぽいのは、マクドナルドが株を6%も上げたトラヴィス・スコットとのコラボ。ノスタルジアとアメリカンドリームをかけ合わせて庶民派ブランドとラグジュアリーなスターブランドを結びつけマーチャンを売るビジネスです(この庶民派ブランドとのコラボですでに成功してるのはポスト・マローン)。後続のJバルヴィンだとキャンペーンでスターから庶民にまでに変身します。

 この関連でも面白いのは、パンデミック危機によって人気ミュージシャンたちのマーチャンダイズビジネスにも変化が訪れたこと。元々アパレルが主流でしたが、困窮する社会のなかでは自粛、おこもり向けの「快適お家アイテム」が激増したのです。

 アリアナ・グランデやショーン・メンデス、ビリー・アイリッシュは毛布やパジャマ、スウェットを売り、レディー・ガガは石鹸。なかでも大成功したのがキャンドルを何度も完売させたケイシー・マスグレイヴス。この人の場合、元々クソ上司のいる職場のストレスや現実逃避をサイケドリーミィに歌う「High Horse」等でおなじみなので、ストレス負荷の多い「自粛」への癒やし提供者としてかなりハマっています。人気キャンドル「Slow Burn」にしても同名曲の波及グッズ。 

 このケイシーさんはかなり仕事もできる人で、自粛に入った際「セルフケア」概念こそ人々が欲しているものだと考え、そのままバスボムやタイダイキットを入れた100ドルのセルフケアセットを完売させました。当人いわく「私たちの家は聖域にならなければいけない。香りや入浴のような小さなことで本当に違ってくる。」。拙著『アメリカン・セレブリティーズ』近藤麻理恵、アリアナ・グランデ章あたりから地続きなスピリチュアルセルフケア路線と言えます。

 ケイシー・マスグレイヴスの場合、庶民装ではなく、むしろちょっと浮世離れしたスピリチュアルな方向で成功したのです。しかし気を配っているのは価格設定で、法外に高いものは売らない開発努力を行っているよう。なにより大きいのは、ケイシーがマーチャンダイズを成功させたことで、ツアー無しでバンド、クルー全員の給与をまかなえた事実でしょう。

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