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『哀れなるものたち』 大胆な翻案、もっと大胆な原作

 今冬もっとも愛された映画のひとつが『哀れなるものたち』だろう。興行収入は8,000万ドル超え、英米それぞれのアカデミー賞ノミネート数は11におよぶ。好評の理由には、美学やキャラクターにくわえて、ヨルゴス・ランティモス監督作としてはハートウォーミングな余韻をもたらすバランスが挙げられる。ただし、小説の翻案としては大胆で、原作のスピリットをねじまげたか否かの議論まで発生させている。

【以下、映画および原作小説のネタバレ】

「彼女」が拒否した物語

わたしはこの書物を笑い飛ばすことができません。わたしはこれを読むとぞっとします

アラスター・グレイ『哀れなるものたち』ハヤカワepi文庫

 原作版のポイントは、映画で描かれた物語りをベラ・バクスター本人が拒絶することにある。「死者の身体に脳を移植された少女」のゴシック冒険譚とは、ベラの夫アーチーボールド・マッキャンドルズが1909年に自費出版した書物なのだ。この本に対して、1914年当時ヴィクトリア・マッキャンドルズを名乗っていたベラは、反論の手紙を書いた。著者と同名のアラスター・グレイを編集者とする小説『哀れなるものたち』は、夫婦間の相反を前提に、以下のように構成される。

①アーチーボールドによる奇想天外な書物
②夫の小説を否定するベラことヴィクトリアの手紙
③編集者による注釈

 映画版はほぼ①をベースにしている。原作の展開はもっと大胆で、アーチーによる冒険譚がハッピーエンドをむかえたのち、ベラことヴィクトリアの手紙、いわば自叙伝が展開されていく。

映画版ベラの夫の名はマックス。原作のアーチーボールドはヴィクトリアより年下と推定できる

 本人の主張によると、ベラ・バクスターは「死者の身体に脳を移植された少女」ではなかった。ヴィクトリアとして労働階級の虐待家庭に育ち、途中で豊かになってフランスの寄宿舎に通った。母と教師から「女は従順な妻になるべき」と教え込まれたため、実家から脱出するために将軍と結婚したが、妊娠ができず、自らクリトリスの切除を望んだことで出逢ったのがゴッドことゴドウィン・バクスター博士。自己抑圧は幸福につながらないとさとしてくれた彼に、彼女は恋をした。将軍が年下の女中を妊娠させたことで、博士の家に逃げ込み、記憶喪失の親戚としてベラ・バクスターの偽名を得た。
 自由と知識を教えられていったヴィクトリアだが、愛するゴドウィンには振り向いてもらえなかったから、彼とずっと同棲するために魅力を感じられない助手アーチーボールドとの結婚を決めた。しかし性的な好奇心がおさえきれず、弁護士ダンカン・ヴェタバーンを誘惑すると惚れられて、駆け落ちを提案された。彼女はゴドウィンの不治の病を「自分をフるための嘘」と考えていたから遠征したのだが、実際は本当だった。帰還したヴィクトリアは、夫の目の前で床に伏す博士にキスをして死別した。
 手紙を信じるなら、ゴドウィンはつぎはぎだらけの「怪物」じみた容貌ではなかったし、ダンカンは無節操な「好色」どころか母親に尽くす保守的な男性だった。「弱虫」なアーチーは嫉妬に駆られて妻や博士の人生を捻じ曲げた、というのヴィクトリアの弁である。

あの人はわたしから子ども時代と学校時代を奪いました。あの人とはじめて会ったときのわたしは精神的にわたしではなく、わたしの赤ん坊である娘だったと言いたいのです[…]しかしもちろん、アーチーが精神に異常をきたしていたわけではないのです。自分の本が狡猾な噓であることは十分承知していました。死を目前にした数週間、この本を読んで満足げに含み笑いをしていたとき、あの人は自分の作った虚構がいかに巧みに真実を出し抜いたかを確かめては喜んでいたのです

アラスター・グレイ『哀れなるものたち』ハヤカワepi文庫

フェミニストの「哀れな」生涯

ヴィクトリアはゴドウィンのもとで医療を学んだのち、知的障害者をふくめた女性スタッフに中絶方法を教えていた。手紙を執筆し息子が戦死した1914年ごろ政治活動を過激化させた

 原作の最後を飾る③は、歴史考証を行った編集者グレイによる注釈である。ここでは、ヴィクトリアの政治戦士としての半生が浮かびあがる。社会主義者、婦人参政権運動家、反戦運動家でもあった彼女は、医学博士として極貧地帯に病院を開いていた。とくに生殖や教育にまつわる急進的な思想を主張し実践していったがために保守派メディアや教会から糾弾されてき、社会主義や知人のコミュニティからも嫌悪された結果、裁判にかけられて凋落。それでも生涯とおして貧しい人々のために治療をほどこし、晩年はゴドウィンと同じく大量の犬を連れていたと伝えられている。
 注釈に注釈をつけると、夫婦と編集者、三者三様に「信頼できない語り手」であるのがこの本のユニークさである。ヴィクトリアは手紙を書いた1914年には伴侶に腹を立てていたようだが、1946年に92歳で亡くなる前には、夫の愛称を名づけた一匹の犬と添い遂げる決断をくだしていた。

「腐臭」ただよう翻案

映画版『哀れなるものたち』は女性のエンパワーメントについての話だ。原作は、女性のエンパワーメントに関する男性のファンタジーについての物語である

Not the Other Way Around: Poor Things, from Novel to Screen | In Review Online

 ということで、映画版『哀れなるものたち』の見どころとなったエマ・ストーンによるエキセントリックな子どもの振る舞いとは、原作のヴィクトリアが「わたしではない」として拒絶した夫の創造物である。この映画が「ほかのフェミニスト作品とはちがって真に奥深いフェミニズムの傑作」といった風に褒められた現象は、ある種の功績かもしれないが、悲喜劇でもあるかもしれない。うまく調整された脚本とはいえ、実質的な原案部が「大人のラディカルフェミニストを幼いマニックピクシードリームガール(電波系幼女)へとねじまげた男性のファンタジー」なのだから。

故アラスター・グレイと彼が描いたグラスゴーの街

グレイが現代スコットランド社会を投影していたであろうヴィクトリア朝には、ヴィクトリアのような複雑でラディカルな女性を受け容れる場所などなかったのだ。皮肉なことに、映画版『哀れなるものたち』も同様である。物語群が矛盾しあう小説において[...]どの空想が信頼できるかは重要ではない──ヴィクトリア・マッキャンドルズが自分の伝記を取り戻そうとした事実、編集者の検証、この両方が示していることは、夫の物語が視野狭窄で、魅力的で複雑な個人をほとんど脱政治化していたことだ

Not the Other Way Around: Poor Things, from Novel to Screen | In Review Online

 今回の翻案で不可思議なのは、原作と映画監督の作風がわりと真逆なことだ。グレイは誇り高きスコットランド人と呼ばれる政治性によって社会システムを批判していった性善説寄りの小説家であり画家である。対して、ランティモスといえば、政治思想の排除を実質的に明言しながら「蟻の巣標本」かのように人間たちを映して不気味な余韻をもたらすホッブス流と論じられてきた監督である。もちろん、原作からの変更は是々非々だ。スコットランド政治をギリシャ人監督が扱うのは不誠実だとするランティスの弁も理解できる。

ロンドンのセット。ウィレム・デフォー演じるゴドウィンはグラスゴー出身者としてそのアクセントを使っている

 ただ、もっとも気になったのは、はじまりの舞台をわざわざグラスゴーから「いわくつきの」ロンドンに変えたことだ。原作の場合、自由を希求せど潰されて伝承までねじまげられていったヴィクトリアの存在は、今なおつづくスコットランド独立運動の暗喩としても受け止められる。彼女が夫の書物を忌み嫌った理由のひとつに「ヴィクトリア朝趣味の腐臭」がある。手紙で展開された『フランケンシュタイン』や『シャーロック・ホームズ』を剽窃することで妻の人生をゴシックパスティーシュに書き換えたとする酷評は、このような表現で終わっている。「わたしにとってこの本の臭いは、ロンドンの水晶宮まで週末の安い鉄道旅行をした貧しい哀れな女のペチコートの内側から発せられるような臭いを思わせるのです」
 映画『哀れなるものたち』は、ほとんどがハンガリーとポルトガルのスタジオセットで撮影されている。そのため、ロンドン舞台への変更は、ロケーション都合というより、制作陣の能動的な選択と考えられる。監督がこだわったのは「すべて作り物である映画」だという……ここで、ひとつ思い浮かんだことがある。ランティモスにとって、この映画そのものが「ロンドンの腐臭をただよわせる作り物(偽物)」なのではないか。この「作り物」の観点だと、映画版は原作のアーチーボールド版を超えている。誇り高きスコットランド人であった原作ヴィクトリアにとって、自身を「脳を移植された少女」としてのみならずロンドン人として広められるなんて尊厳への侮辱でしかないはずだ。映画の着地もなんかきなくさい。ラグジュアリーに乾杯される「社会主義の理想が実現したユートピア」はお金持ち家のなかに過ぎないから「結局実家の太さありきの話」、と皮肉に感じた観客も当然出てきている。深読みに過ぎないのだが、映画自体が「腐臭をただよわせる作り物」なのだとしたら、観客の反応をふくめた皮肉と不気味さの面でランティモスらしいし、彼のフィルモグラフィーでもっともおぞましい作品でさえあるかもしれない。


よろこびます