気づかれない大切なものごとを感じられるように
当たり前のことだけど
世界には普段気づかないけれど大切なものごとがたくさんある。
これは誰もがふとした瞬間に考えたことがあると思います。
実際に体験して初めて気づく大切なこと……
世界は人々の思いや行動の集積として成り立っています。
生活が便利な世の中で、今ならひとりだけでも生きていける錯覚さえします。
家事に費やす時間は便利な家電
移動に費やす時間は電車や車
お金さえあればお店に行けば何でもおいしいものが食べられる……
この便利な世界はそれを支えている人間みんなで成り立っている。
こんなことは考えてみればすぐに気づくことです。
でも、こんなことを普段から意識する機会はそう多くはないと思います。
ふとしたときに気づくんだ
もちろん僕も普段からこんなことを意識し続けているわけではありません。
先日、社会人になってからはじめて夜勤というものを経験しました。
忙しく徹夜で仕事をした経験は何度かありましたが、明確に深夜帯が勤務時間として定まっていて勤務したのは初めてです。
夜勤をされたことがある方は感じていらっしゃると思いますが、
同じ仕事でも夜勤をすると別の仕事に感じられます。
人が少なく静けさの中で仕事するからなのでしょうか、仕事をするために集中するのと同時に、この仕事にはどんな意味があるのだろうかと僕は考えてしまうのです。
自分の仕事を、給与の対価としての労働ではなく、世界に対して何の役に立つ活動なのか考えていたのです。
普段は嫌な労働として捉えている仕事も、小さいながらも世界に良い影響を与えていると思うと少しうれしい気持ちになりました。
みんなが寝ている時間に仕事をしていて自分は偉いなと恥ずかしながら思ってしまい、少し特別な気分に浸れたという面もあったと思います。
僕自身が夜勤をするまで夜勤者について考えたこともありませんでした。
しかし、普段手にしている商品が夜間に運送されていたり、鉄道などの社会インフラが夜にメンテナンスされていたりと、夜間に働き続けている人々がいるから今の世界は動きつづけているのだと肌で感じました。
誰かがいつも働いていて、どんな仕事も誰かの役に立っている。
今までは頭で理解しているだけだったことを、はじめて肌で感じました。
このことを伝えたくて、僕はこの文章を書いています。
何のために気づきを伝えるのか
言われれば理屈が通っていて理解できるものの、どうも他人事のように感じられてしまうようなこと。こんなことは数多く存在すると思います。
誰かが働き続けているから世界は便利な世界であり続けるといった、今回僕が書いているような内容もその内のひとつでしょう。
僕も実際に自分自身が夜勤をしてみるまでは、理解していたもののまったく実感としては感じていませんでした。
しかし、本で読んだのか人から聞いた知識なのかは今となっては自分の中で定かではありませんが、夜間に物流が絶え間なく行われていることや鉄道の保安作業が行われていることを知識として持っていたからこそ、いざ自分が夜勤を経験してみて、その経験と持っていた知識を照らし合わせたことで、より深い理解、肌で感じることができたのです。
理解だけではなく、肌で感じる、大切なことに気づくことの感動といったら少し大げさかもしれませんが、こういうことの重要性が見直されてほしいとも思います。
ですから、実感をするためには前提として知識を持っていたほうが良いと僕は考えます。
そのために、僕個人のひとつの経験から得られた知識を記事として残すことも小さいながら役立つと信じています。
この記事もそのために書きましたし、これからも得た経験と知識を書き続けようと思います。
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