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結局「快・不快」でしか人間は動かない

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心の学びを深めていくと、自己否定の手放し方を習得していくことになる。

多くの人は幼少期から思春期にかけて、さまざまな要因、そのほとんどは親子関係や学校でのイジメなど、によって様々な形での自己否定を身に付けてしまい、それを大人になっても後生大事に持ち続けている。

自己否定を持ち続けていると、本当の意味での自分の人生を生きることができず、自己否定に自分を操られてしまうような人生になってしまう。

僕の場合もまさにその通りで、自己否定のままに縛られた人生を送っていたが、そこを頑張って「意志」の力で爆発的に活動してブロガーとして独立して出版まで辿り着いた。

でもそこで燃え尽きてしまい、何もできなくなったところで心の学びと出会ったわけだ。

それが2013年のことだから、もう7年になる。

人間誰しも完全な形で自己否定を手放すことはできないが、さまざまな形で自分を縛っている自己否定を一つ一つ解放していくことができる。

僕はそれを「玉ねぎの皮むき」と表現している。

ぱかっとスイカを割って中身が出てくるみたいにはならないのだ。

でも、7年もずっと自己否定の解放を続けていると、ある程度のコツが掴めるようになってくる。

それは、自分の行動や考え方を否定しないところから物事をスタートする、という思考癖だ。

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