The Lunar Rock
どうしても見たかった。
2時間並んでも目に焼き付けたかった。
遠く離れた外国のおとなが
技術の革新と国家間関係への牽制を兼ねて成功させた
一大プロジェクトを、ブラウン管の前で追った。
重力がなく、ふわふわと浮かぶ足元。
水も草も空気も、生物も存在が見受けられない
遠く遠くの星から手にした「証」を
いま見られないと一生見ずに終わると、直感が語りかけるがまま
「見たい」「みたい」と駄々をこねた。
周囲に聞こえない人間がいないほどに大声を出し、
目を向けた周囲の人間が思わず二度以上見てしまうような
大仰な素振りも見せた。
それでも、「時間がないから。泣けば済むと思わないで。」と
諭す親の一言には敵わなかった。
あの石の何が、僕をそこまで狩り立たせたんだろう。
人を狂わす月の灯を拒む間もないほど浴びたその石は、
その灯に侵され見る人を狂わせるほどの力を持っていたのだろうか。
其れ共好奇心という人間最大のスパイスが、
僕の舌どころか頭まで食い尽くしてしまっていたのだろうか。
十数年がたった今、アレほどの熱狂を周りに向けることがなくなった我が身を
後ろめたく感じながら、ふとそんなことがよぎった。
きっかけは甥と見たアニメ映画だった。
春季恒例、大型連休に放映される子供向け人気アニメの劇場版の中で、
幼児化した主人公の父が「月の石を見たい」と両親に駄々をこねる姿に、
嘗ての僕を重ねてしまったなんていうことだった。
目新しい物を常に求め、出先では誰よりも楽しんでやろうと意気込み、
煩いほどにそこかしこ走り回ったあの頃への寂寥が
ふと井戸の中から釣瓶に入って上がってきたのである。
甥っ子が映画を見終えて寝静まった後、
思う所あって物音を立てずに、自分の書斎へと足を運んだ。
そして子供の頃からの思い出を敷き詰めたダンボールをあさり、
埃を被り、くすんだ茶色の片手に収まるほどの箱を見つけた。
右手で支え、ゆっくりと左手だけを上げ、上箱をずらすと、
そこには色も形も当時から一切変わらない「そいつ」がいた。
あの頃、見せてはくれなかったが、買ってはくれた。
「その方がお金かかるんじゃ」と子供ながらに思ったが、
今になって、両親が当時の僕に喜んでもらいたかったのか
などという考えが巡る。
遊具から飛び降り、着地に失敗して顔面を血と涙にまみれさせた園児期。
命に別条はないにも関わらず、林檎の皮むきで親指を深く刺し、
初めて死を意識する程の恐怖を覚えた小学生期。
強さの証明と、筋トレに精を出し、毎日肩にパンチの跡を作っては
男の勲章だと言って憚らなかった中学生期。
授業中当てられたことに気づかず、
クラスメイトのあの娘の一挙手一投足に目が釘付けとなり、
チョークと黒板消しがセットで顔面を捉えた高校生期。
家具や装飾に凝り過ぎた結果金欠を招き、1ヶ月パンの耳とモヤシと和布で
飢えを凌いだ大学生期。
作った笑顔と言葉で穴の空いた心を、物を買う充足感で埋め尽くした結果、
部屋の可動域と心の余裕が少しずつ侵食されていた事を
見て見ぬふりし続けた新社会人期。
変わり行く中で、変わらないもの。
過去からの轍を見つめなおすための、僕のマイルストーン。
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