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お手紙

初めてお手紙をもらったときのことをよく覚えていない。
おそらく幼稚の先生にもらったものが初めての手紙だったのだとおぼろげながらに思い出そうとするけれど、その文面も記憶のかなた、現物も実家にあるかどうか定かではないし、推察するに内容としては「今日もよく頑張りましたね」とか「いつも元気で嬉しいです」と言ったようなありきたりな内容であったのだと思う。

高校時代、付き合っている恋人からラブレターをもらったことがある。私もいくつか返事を書いたように思う。そのいくつかは机の中にある宝物ボックスに大事に大事にしまっていた。大人になってお付き合いした人と実家に帰り、その手紙を見せたところ非常に怒られ、というか呆れられ、次のデートで新宿御苑のゴミ箱に彼女が見ている前で捨て去ったことがあった。
ついぞその人からは手紙をもらうことなく、程なくして私たちは別れ、あれ捨てる必要あったのかな、などと思った。

久しぶりに私が手紙をもらい、また、相手の幸せを願って手紙を書いたことといえば、30を超えて、街でできた友達からのそれだった。物持ちはいい方だが整理整頓が苦手な私は今の家では宝物ボックスを所持していないこともあり、その手紙がこの部屋のどこに潜んでいるのかわからないのだが、読んでとても嬉しかったことだけは覚えている。
その時期に好きな人へのラブレターを書いた。その返信を、趣味が悪いと思いながら、恋愛相談として友達に見せると「これはあなたのことを想って書いたのではない、自分のための言葉じゃないか」と腹を立てていた。

近頃、久しぶりにお手紙を書いた。お手紙というのはもらってくれた相手が、嬉しい気持ちになるように、丁寧に言葉を重ねる必要があると、今の私にはわかった。ついて出た言葉が「日々、健やかでいてください」だった。私は果たして相手の無事を祈るような、幸せを願うような、そんな手紙を書くことのできる大人になれているのだろうか。ふと不安になる。
自分の気持ちや感想をただ押し付けるだけの、押しつけがましい言葉になっていやしないか、考える必要が、自分にはあると思った。
彼女からもらうお手紙にはいつも、私の無事を祈る言葉が書いてあるから。
まだ3通しかもらっていないけれど。

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